1985年、上野の職安で出会った葉子と希美。互いに後ろ暗い過去を秘めながら、友情を深めてゆく。しかし、希美の紹介で葉子が家政婦として働き出した旧家の主の不審死をきっかけに、過去の因縁が二人に襲いかかる。
全ての始まりは1965年、筑豊の廃坑集落で仕組まれた、陰惨な殺しだった…。絶望が招いた罪と転落。そして、裁きの形とは?衝撃の傑作!
(「BOOK」データベースより)
2015年の現代と、30年前、50年前とが交錯し、物語は重層的に展開する。
第一部「武蔵野陰影」は現代と30年前が交錯する。現在、妻は伊豆の高級老人ホームでおだやかに暮らし、会社社長の夫ユキオは週末にホームを訪れる。一見満ち足りたように見える余世、しかし「私は彼女を殺した」などと物騒なことを口走る妻。
30年前、職安で出会った葉子と希美。弁護士事務所に勤め、華やかな暮らしをしているようにみえる希美と、妹夫婦の残した借金と障害を持ち意思疎通すらままならない子供をかかえ貧乏のどん底にあえぐ葉子。そんな葉子に、希美は住込みの家政婦の仕事を斡旋する。
元先生のご主人と、血のつながらない会社社長の息子、由起夫との、武蔵野の大きな家での穏やかな暮らし。そんな暮らしの中で、いつしか葉子は由起夫との幸せな暮らしを夢見る。だが幸せは続かない。先生の死、そしてまた陰惨な事件が起こってしまった。
でも、現代では由起夫と葉子は夫婦だ。例え事件の罪の意識が二人を結びつけたのだとしても、二人は結ばれたのだと、そう思わせたままで話は第二部「筑豊挽歌」に突入する。
第二部は50年前と現代が交錯する。葉子は葛飾区新小岩の出身だから、この私は希美ということになる。
炭鉱事故で一酸化炭素中毒になり、働けずに、家族に暴力をふるう父、子を置いて逃げた母、3人の弟妹、葉子の境遇がまだマシに思える、閉鉱になった炭鉱とそこで働いていた人たちのどん底の貧乏暮らし。どうやっても這い上がれない希美は幼馴染のユウと共謀し、罪を犯す。そして逃避行。
第三部の「伊豆溟海」は種明かし編。怒涛の伏線回収、カットバックのモノローグで不自然だった部分が、なるほどと、すべて明らかになる。
ミステリーといえばミステリーなのだろう。探偵役のいない、犯人自身のモノローグによる謎解き。黒幕は読めていたので、謎解きそのものにそれほどの驚きはない。
むしろこの小説のすごさは、ミステリー以外の部分にあるのだろう。壮絶な過去と、やむに止まれずなされた殺人という重大な犯罪。高度成長期に置き去られた地方の闇、そして薄幸な女性の心の闇。一見穏やかな余生は罪の意識と後悔に満ちている。
おどろおどろしくも、良い小説だった。
今のところ、評判が低いのだが、年末恒例の「このミス」ランキング等でも、確実に10位以内に入ってくる作品と思う。