昨日のお休みに
ダンナちゃんと一緒に見てきた映画。
「鹿の王 ユナと約束の旅」
原作が大好きなのでとても楽しみにして…
正直なところ、とても違和感を感じながら見ていた。
原作との違い、捉え方との違いなどなど。
見終わっての感想は
「これはもはや、違うお話である」と。
なんか、もやもや![]()
そう、私はずっと違いを探していたのだ。
間違い探しをしていたのだ。
ジャッジしながら見ていたのだ。
私の中にある、原作の世界観との違い。
「違和感」は、映画に対してのものではなく、
私の心に対してのものだった!![]()
この時感じていた「違和感」は
「私は正しい」の表れなんだ…と理解した。
私とあなたは違う…の現れ。
私の心が「分離」を選んでいる証なんだね。
正しいとか間違っているとか。
それは私の心の選択。
それが私の知覚を生み出す。
目の前にあるものに、その選択を投影させる。
私が感じているこのお話の世界観も
映画を作った人の中にある世界も
どちらも同じもの。
「知覚」が作り出したという点で同じなのだ。
そこに何をみるか。
人の知覚をあれこれジャッジするのではなく
それをどのように見ていたのか
何を見ていたのかと
私の心を見る必要があった。
私の心が「自我」を選択していたのだと気づけなかった![]()
違和感は、私が「自我」を選択していることのお知らせ。
何かや誰かをジャッジするためのものではないのだな。
私は、何も今あるままに見ていない
(W-pI.9 奇跡講座 中央アート出版社)
私はこれをこれを見るかわりに、平安を見ることもできる
(W-pI.34 奇跡講座 中央アート出版社)
せっかく楽しみに見に行った映画。
楽しく見ることもできたのに
ずっとジャッジして見ていたという
なんとも勿体無いことを…![]()
そうそう。
主人公のヴァンやユナが
自然や犬たちと一つになっている感覚や
繋がっている感覚の表現は
素晴らしいな〜と感じたよ![]()
最後までお読み頂き
ありがとうございました![]()
このあとも素敵な時間でありますように…![]()
Hiroe

