フォーカスチェンジキャリアコーチの松本ひろゆきです。


 前回の投稿に加筆修正して、お送りします。



 9日。
 ハローワーク気仙沼での面談を前に、地元のおじいちゃん

おばあちゃんの井戸端会議に混ぜてもらいました。

 倉敷から来たと言うと、


「わざわざ気仙沼のために遠いところをありがとね」


と言われました。

 採用の結果なんか、もうどうだって良い。
 この人たちが、笑顔でいてくれたら、それだけで。

 あんなに辛い状況にあったのに、東北の人たちはなんて

強いんだろう。

 昔、よその町まで嫁ぐ近所の娘さんを馬車で送り届けて、

その帰り道が妙に寂しく感じられたこと、戦時中に特攻隊で

戦地に向かうことになっていた友人に禁じられていたどぶろくを

藁で隠してトラックで運んでいたのを警察に見つかって2年も拘留されたことなど、いろんな話をしてくれました。

 僕はただ、うなずいて話をするだけ。

 別れ際、

「年寄りの話に付き合ってくれて、ありがとね。気を付けて、

おかえりよ」

「こちらこそ、貴重な話をありがとうございます」

 どこの馬の骨ともわからない僕に逆にココロを向けてくれた、

気仙沼のおじいちゃんおばあちゃん。

 気仙沼の人たちに、何か僕にできる形で力を注ぎたい。


 気仙沼のハローワークをあとにして、僕は道を海側に

向かって歩き出した。


 しばらくすると、鮭の養殖場があり、そこを過ぎたあたりから

景色が一変した。


 

 正に





「流された街」





 僕はひとりの日本人として、東北で何が起きているのか

知っておく必要があると思った。




 テレビや新聞ではその状況を見聞きしていたが、残念ながら、

テレビも新聞も





「フィルター」





を介しているので、事実ではない。





 しかも、真の意味でのジャーナリズムという芯を失ってしまった

日本のメディアの報道は鵜呑みに出来ない。



 だから僕は、足を運んだ。


 僕は有名人でもないし、何が出来ると言う訳でもない。





「来てくれる。それだけで、いいんだよ」





 公園で出会ったおじいちゃんおばあちゃんたちから言われた

言葉。



 何もしなくても、ただ、そこにいるだけで良い。


 周りの人たちが命を失ったからこそわかる、






「ただ、そこに生きていられる

ことの尊さ」






 僕は、気仙沼の元の光景を知らない。


 歩きながら、僕は悔しくて涙が出てきた。


 どんなに生きたかったことか!


 どんなにやりたいことがあったか!


 残念じゃない。


 これは、無念だ。






「僕に出来ることはありませんか?」




 気仙沼復興屋台村のある店に入り、そこのおばちゃんに

こう言うと、





「また来る時は泊めてあげるから、連絡して!

気仙沼のために、こうして足を運んでくれる人がいることが

嬉しいんだよ!」





と言ってもらった。




 自らも被災して辛い思いでいるだろうに、気丈に応えてくれた

おばちゃん。


 みなさんも気仙沼に足を運んだら、そんなおばちゃんのいる

屋台村に行ってほしい。

 いけない方も、全国発送をしてくれるお店もあります。



 そんな訳で、




 気仙沼復興屋台村


『不登校・メンタル不全からの社会復活 笑顔であなたを癒すフォーカスチェンジプロコーチ』松本ひろゆきの博薫堂Blog-屋台村気仙沼







 東北も日本。


 でも、実際に経験していない僕には、テレビの画面の向こうは

完全なるどこか遠い国の話にしか思えなかった。


 だから、現地に足を運んだ。


 僕に出来る形で復興支援をする。

 微力かもしれないけど、僕に出来ることで関わっていく。


 今回の東北でご縁をいただいたすべてのみなさんに感謝。


 そして、亡くなられた方のご冥福を祈念いたします。


 合掌。





 松本ひろゆき