僕は、蕎麦が好きである。
僕は、蕎麦に惹かれる。
昨年夏は18きっぷを使って、出雲、京都、福井、
信州戸隠と蕎麦に誘われて、旅をした。
蕎麦の魅力は、なんと云ってもその土地(地域)
独特の食べ方があることだろう。
上にあげた土地であれば、出雲は割子に別々の薬味を
つけて食べたり、色違いの蕎麦を出したりするし、越前は
なんといっても、大根おろしとつゆをぶっかけて食べるその
名も「おろし蕎麦」、戸隠はざるに盛るのは盛るのだが、ただの
盛りではなく、「ぼっち盛り」と云って、箸一掴みで食べられる
くらいの分量を小分けして盛るのである。
元来、麺類が大好きなのだが、こと蕎麦になると美味しいとか
不味いとかそんなレベルの話ではなくなってくる。
(大切ではあるけれど)
そんな僕を蕎麦に惹き込んでしまったのは、会津・大内宿に
ある「山本屋彦左衛門」(通称:金太郎蕎麦)である。
当時、アルバイトをしていた某鉄道会社の地域間で来られて
いた方の案内で、「喜多方ラーメンツアー」をやっていて、それの
前座(余興?)として、1日目にセットされたのが、大内宿案内。
その際に金太郎蕎麦を囲炉裏を囲んで食べたことが、僕の
中にあった蕎麦の概念を壊してしまったのである。
金太郎蕎麦では、もり蕎麦を山葵ではなく、紅葉おろしで
食べる。
旨い!
僕の口の中で辛みの効いたもみじおろしと新蕎麦の食感と
薫りが絡み合う。
駅の立ち食いや富○そばを食べていた自分が、信じられなく
なった。
立ち食いはまだ大丈夫だけど、富○そばは残念ながら、
自分の中で「あれは蕎麦じゃない」というアンテナが立ってしまい、
行けなくなってしまった。
面白いのは、喜多方ラーメンツアーに行ったのに、ラーメンよりも
大内宿で蕎麦に衝撃を受けてしまったことであろう。
それからよくラーメン屋巡りをしていた岡山の友人にも「なんで
ラーメン食べに行くの付き合ってくれんの?」と本当に云われて
しまったこともある。
別にラーメンが嫌いになった訳ではなく、蕎麦の好きのレベルが
高くなりすぎただけである。
蕎麦
僕は一生、蕎麦の虜である。
それほどまでに奥深く、慈愛の感じられるものだ。
もはや、食べ物のひとつではなく、ある意味、哲学のようなもの
かもしれない。
博薫堂