- 茨城県の高校の校長先生が、先日から問題となっている
「必修授業未履修問題」を理由に自殺してしまった。
いじめ問題を最近書いてきたが、今度は未履修問題で
自殺者が出てしまった。
責任感の強い先生だったという。
だから、その双肩に責任を背負って自らの命にけじめを
つけた。
しかし、私は思う。
「なぜ、死んでしまったのか?」と。
今回の未履修問題は、大学受験戦争が生み出したツケ
である。
「高校生の受験科目に集中して、授業を行なった」結果で
あって、効率良く生徒に受験対策をしようとしただけだ。
なぜなら、「必修なんかやってたら、受験科目の授業に
手が回らなくなる」切実な問題が待ち受けているからだ。
そもそも、私はなぜ世界史が必修なのかが理解出来ない。
日本史を必修にして、世界史と地理を選択にした方が
良いのではないか?
それではなくても「日本人は自分の国の歴史を知らない」
などと言われることも多々ある。
日本史は「時間切れ」で、第二次大戦や太平洋戦争などの
最重要項目がはしょられる(やっても、さっと流される)。
広島と長崎に原爆が投下された日すら答えられない女子
高校生などが街頭インタビューで映し出されると恐らく、
「何だアレは?」と思われる方もいらっしゃると思う。
でも、本当は「答えられない」のではなく、「答えそのものを
教えていない」のではないか?
8月15日は「終戦記念日」であるが、正しくは「敗戦記念日」
であると、私は考えている。
話が脱線してきたのでこの項目は別の機会に譲るとするが、
受験教育が自国の歴史を学ぶ「ゆとり」を奪っているのである。
その学校教育では週休二日制を導入するなど「ゆとり教育」
を提唱していたのだから、ちゃんちゃらおかしいのである。
実際は「歪み教育」以外のなにものであろうか?
しかし、大学は毎年入試を開催する。
高校卒業(予定)者である、高校3年生はそれまで授業や
塾、予備校などで得た知識をぶつける緊張の本番である。
そして、やっと合格!
となっても、「あぁ君ね。実は必修の世界史履修してなかった
から、留年してね」なんて言われたらどうだろうか?
実際、現在進行形でそうした問題が起こっているのである。
学校側に責任を求めるのは、お門違いも甚だしい限りである。
文部科学省はいじめ問題にしても、今回の必修科目未履修
問題にしても教育委員会の機能の低下だのと言っているが、
その教育委員会をチェックするはずのあなたたちは何を
しているのか? ということである。
今回の茨城の校長先生は、歪み教育を進めてきた国の
政策によって死に追いやられた被害者である。
教育基本法の改正論議が国会で進行中だが、教育基本法
を改正する前に、現場での教育内容だとか指導要領改訂を
やってからでも、法律の改正は遅くないように思う。
もう受験偏重の大学入試はやめませんか?
一部の大学では、面接・小論文のみでの入試を実施している
ところもあるが、少数である。
もっと、「科目受験に頼らない」入試制度を多くの大学で
取り入れていくことが、高校果ては幼稚園から始まる「お受験」
スタイルを変えることが出来ると思う。
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