私は Google アラートに「だんだん」という単語を登録しております。1日1回くらい、「だんだん」という言葉を含んだニュースが送られてきます。中には「問題は、ユーザー企業のIT部門も富士通もだんだん、次に何をすべきかがみえなくなってきたことである。」というような物も送られてきますが、それでも連続テレビ小説「だんだん」に関するニュースを得ることができます。


さて、今日面白いニュースが飛び込んできました。まずは Google アラートの文章を見てください。


ベタな展開に隠された"リアル" NHK『だんだん』が描く夫婦の実像
サイゾーウーマン
今回ツッコませていただくのは、これまでも何度も登場
しているNHK朝ドラ『だんだん』。
「何度もツッコミって、結局、夢中ってことじゃん!」
と、逆にツッコミが起こり ...
<http://www.cyzowoman.com/2009/02/post_353.html >


この「何度もツッコミって、結局、夢中ってことじゃん!」という自虐的な視点が面白いです。というわけで原文のサイゾーウーマン を見てみましょう。先々週と先週の2週に渡って大いに盛り上がった嘉子家出&離婚騒動に関するツッコミが載っています。感情的になりがちな嘉子擁護・真喜子罵倒派とは一味違った冷静な視点で描かれています。実を言うと、我が家では嘉子が何を考えているのかがよくわかりませんでした。母も私も嘉子が真喜子のところへ乗り込んで「(自分は真喜子に)勝てない」と言い切ったところで唖然とし、「嘉子は何が言いたいのだ? そんなことは結婚前からわかりきったことだろう。」と思ってしまいました。私も母も嘉子が真喜子のいる京都へ行ったと知った時はてっきり嘉子が真喜子に宣戦布告するのだろうと思ったのですが、単に敗北宣言の嫌味を言いに行っただけだったんですね。嘉子が真喜子に、自分や真喜子が忠と一緒に暮らした期間を述べた時は「自分の方が期間が長いから忠のことをよく知っている」とかいう言葉を吐くのかと思ったら、自分の人生を否定しただけ。私も母もこういうウジウジした性格の人はあまり好きではないので嘉子に対する評価が一気に下がり、「そんな簡単に離婚するのなら、めぐみや健太郎に対する責任をどう取るつもりなのか。」という疑問が沸き起こってしまいました。そして翌週中盤。あまりにウジウジした嘉子の態度にブチ切れた忠が離婚届に判を押したところからの展開を見た時、サイゾーウーマンの記事を書いた田幸和歌子さん同様、私は唖然としてしまいました。いったい、何のために離婚届なんて用意したんだ? その程度で仲直りするくらいなら離婚届なんて書くなよ。私は正直言って嘉子の気持ちがさっぱりわかりませんでした。でも母はここでようやく嘉子の気持ちが理解できたようです。要するに嫉妬に狂っていた嘉子は単に忠に「愛してる」と言ってもらいたかっただけなんですね。それが証拠に忠に「愛してる」と言ってもらった後は早速真喜子に電話をかけ、「自分が嫉妬していた」と素直に言い、「のぞみのことで電話してもかまわない。」とまで言うのです。女って単純な生き物なんですね。男の私には理解できません。むしろ忠の心情の方が理解できますけどね。ま、私と同様、嘉子擁護・真喜子罵倒派の人達は忠の心情を理解できないでしょうね。ま、冷静になってみれば、いかにもありそうな話だとは思います。サイゾーウーマンの記事もこう締めくくっています。


「カンタンすぎるだろ!」とツッコミたくなるが、実際、現実って案外こんなもんかもしれない。そういう意味では、あまりにリアルすぎる夫婦のやりとりなのだった。


ところで結婚して我が家を出ている妹は嘉子と忠が抱き合った場面を朝のNHK総合テレビと夜の NHK BS2 の二回見て二回とも感動したそうです。やっぱりこういうドロドロした恋愛模様は面白いんでしょうね。夏八木勲も出た「鳩子の海」でもヒロインが離婚していますが、こういうドロドロした展開でものすごく盛り上がったそうです。ヒロインの少女役を斎藤こず恵が演じていますが、彼女の人気が高過ぎ、藤田美保子(現在は藤田三保子に改名)に変わった時は「斎藤こず恵と違い過ぎる」というとんでもない罵声が藤田に浴びせられたそうです。それだけ盛り上がっていた証拠ですね。「朝ドラにはドロドロした展開は似合わない」とかいう意見を見かけることがありますが、私はそうは思っていません。前にも書きましたが、「鳩子の海」以外にもドロドロした展開の作品が多かったからです。


あと、最近はやたらとのぞみを賛美してめぐみを罵倒する意見をよく見ます。過去にこのブログにコメントを寄せたことがある人のブログでもめぐみに対する罵倒が書かれている個所があります。めぐみ罵倒の意見は他のブログでも見かけました。でもね、私はそういう意見には賛同できないのですよ。めぐみは大学を出て数年経っただけのヒヨッコなんですよ。その若さで聖人君子のように完璧な行動をとることができるのでしょうか。今週はめぐみが介護福祉士と看護師の両立ができずに悩むという流れになっていますが、めぐみはいい加減だ、という罵倒を浴びせる前に、大学出たての若者が何も失敗もせずに成長できるものなのかどうかを考えてほしいものですね。失敗はしない方がいいと思いますが、若者が我武者羅に突っ走って失敗することってよくあることでしょう。時間配分を考えろ、というのは色々な経験を積んだ大人になったからこそ言える意見で若者の立場に立って述べた意見ではないです。今のめぐみは頭ではわかっていても体験したわけではないから実践できないでしょう。だいたい、あなたは自分の子供や部下が失敗した時に怒鳴り散らして罵倒するのですか? それは違うでしょう。失敗の原因が何かを考え、叱ったり諭したりするでしょう。めぐみ罵倒派の人にはそういう視点が欠けています。なぜか嘉子擁護・真喜子罵倒派の人がめぐみ罵倒・のぞみ擁護派になっていることが多いような気がしますが、これは罵倒したい人の立場に立って考えると言う習慣がないからなんでしょうね。ただ自分の思ったことを書き散らしているだけなのでしょう。そういう人達には一度「サイゾーウーマン」を読んで、その分析方法を学んでほしいものです。


私としては、忠と真喜子が再会するきっかけを強引な手法で作ってしまったのぞみとそののぞみにあることないこと吹き込んでめぐみを無理矢理芸能界に引き込んだ石橋こそ非難されるべきだと思います。この二人が悪さしなければ、今頃めぐみは順調に介護福祉士への道を進んでいただろうにと思いますね。でも自分がのぞみや石橋の立場だったら確かにああいう行動を取っただろうとも思うので、のぞみと石橋を非難する気はありません。だいたい、人間の行動なんて善と悪とに単純に分けられるものではないからです。