今月からホームドラマチャンネルで「江戸を斬る 梓右近隠密帳」の再放送が始まりました。迂闊な事に私は第1話を見逃してしまいましたが、第2話から録画することができました。ただし、今まで何度か再放送されているので第1話自体は見たことがあります。


このドラマはTBS系列で毎週月曜日の夜8時から放送されていた時代劇です。この時間帯は今も続く「水戸黄門」が放送されているナショナル劇場パナソニックドラマシアターの枠です。このことからもわかるとおり、制作は

「水戸黄門」と同じ C.A.L. で、「水戸黄門」同様にこの時間帯の柱になっていた「大岡越前」の出演者が大挙出演しています。以下、大岡越前でもレギュラーで出ていた人を青字で書きます。またBGMも「大岡越前」とよく似ています。


舞台は三代将軍徳川家光の時代の江戸。長屋に住む浪人梓右近(竹脇無我)は実は保科正之(竹脇無我の二役)の双子の弟で、「双子は畜生腹」という迷信によって生まれてすぐに抹殺されそうになった過去がありました。悠々自適の生活を送っていた右近はあるとき、大久保彦左衛門(片岡千惠藏)に見つかってしまいました。彦左衛門は抹殺されそうになっていた右近を引き取って育ててくれた育ての親にあたる人。日陰者となっている右近の境遇を哀れに思い、将軍家光(長谷川哲夫)に右近を取り立ててくれるように談判します。弟がもう一人いることに驚いた家光は右近を召しだし、今までの非礼を詫びるとともに自分の手足となって政道の裏の悪を退治して欲しいと頼みました。右近は自由気ままな長屋暮らしを気に入っており、家光の頼みを断ります。しかし、江戸では由井正雪(成田三樹夫)が浪人を集め暗躍していました。由井正雪一味によって江戸の市民が苦しむさまを目の当たりにした右近は家光の頼みを受け将軍の密使としての任務につくことを決意。かくして右近は由井正雪と対峙して行くことになるのです。物語は江戸時代初期に起きた事件に正雪の影がちらつくというのがパターンになっていますが、徳川忠長(中村敦夫)と家光の対立や宇都宮釣天井事件のようにこの時代とは微妙にあっていない事件も題材として取り上げられています。


登場人物は上に挙げた人物の他は次の通りです。


まず右近の手足となって働くのが元義賊葵小僧こと新助(松山英太郎)です。松山英太郎は大岡越前で猿の三次、「江戸を斬る」の第二部以降で鼠小僧次郎吉、「翔んでる平賀源内」ではこれまた元盗賊の宗助を演じています。水戸黄門以外のナショナル劇場パナソニックドラマシアター作品では一貫して元盗賊の密偵の役ばかり演じていますが、水戸黄門では一貫して遊び好きな若旦那ばかり演じています。ステレオタイプの配役ですが、それだけに手慣れていてよくはまっています。


次に右近の周りの華を紹介しましょう。まず右近の長屋に住む女目明しが小夜(榊原るみ)。父である仏の長兵衛(大坂志郎)、その部下のがってん竹(高橋元太郎)とのっそり松(浅若芳太郎)とともに事件解決に当たります。小夜は右近から「お小夜坊」と呼ばれており、男勝りの活躍を見せるのですが、右近にホの字。右近の周りに女性の影がちらつくと機嫌が悪くなります。彼女は右近の正体を最終回まで知りませんでしたが、父の長兵衛は途中で右近の正体を知ってしまいます。なんとなく、右近は彼女に自分の正体を知られるのを恐れていたような感じがするのですが、これは私が深読みしすぎているだけでしょうか。


新助がお嬢様と呼ぶ芸者がお艶(鮎川いずみ)。彼女は元は廻船問屋但馬屋の娘でしたが、その但馬屋はある事件で潰されてしまった過去があります。彼女も右近に好意を持っているようです。


右近の剣術の師柳生但馬守宗矩(志村喬)の娘が奈美(松坂慶子)。兄の十兵衛(若林豪)とともに由井正雪の動きを探ります。というわけで立場上右近と行動をともにする機会が多いはずなのですが、終盤は登場しなくなってしまいます。最終回での由井正雪捕縛の時も兄十兵衛は活躍するのですが、奈美は登場しません。松坂は当時松竹所属。東映が制作を請け負っていたこの番組のレギュラーになるというのはある意味すごいことです。当時は五社協定の影響が残っていた頃で、たとえば「水戸黄門」は当初森繁久彌が水戸光圀を演じるはずでしたが、東宝の許可が下りずに断念する羽目になり、東野英治郎が演じることになりました。また宮内洋が松竹制作の「助け人走る」に出た時も、東映と松竹の間で書類を交わしたらしいです。奈美が後半登場しなくなるのはスケジュールの都合もあったのでしょうが、こうしたことも影響していたのではないかと私は想像しています。もっとも、松坂は「江戸を斬る」の第二部以降で紫頭巾こと雪を演じています。なお雪の父である徳川斉昭を演じたのは森繁久彌です。また水戸家の用人で雪が遠山金四郎に結婚する時に養父になった中山伝右衛門は大坂志郎が演じています。


大久保彦左衛門がレギュラーということで大久保家出入りの魚屋一心太助(松山政路)も登場します。彼には生き別れになった兄がいます。その兄の正体は…それは配役を見ればわかります。ちなみに彼らが兄弟だと判明する話が第7話「二人葵小僧」です。余談ですが、松山政路は大岡越前第5部で兄の松山英太郎の代役で三次を演じましたが、少し兄とは雰囲気が違っていました。松山政路は水戸黄門では腕のいい職人の役が多かったですが、これもよく合っていました。兄英太郎がそういう役を演じてもあまり合わないような気がします。なお大久保家の用人笹尾喜内を演じているのは私の世代ではケンちゃんパパでおなじみの牟田悌三です。


幕閣で登場するのは老中松平伊豆守信綱(神山繁)と北町奉行石谷十蔵(中村竹弥)です。二人とも実在の人物です。松平伊豆守は「知恵伊豆」と呼ばれたほど有能な人でしたが、神山繁はそのあだ名にぴったり合っていたと思います。中村竹弥も家老の役で水戸黄門によく出ていました。石谷十蔵は、子分にするので葵小僧を許してほしいと右近に頼まれた時になかなか粋な腹芸を見せてくれますが、それについては後述します。


主人公側の配役も豪華でしたが、由井正雪側の配役も豪華です。丸橋忠弥を演じるのは加東大介。この配役から見てもわかるとおり、ただの悪役ではありません。当初は由井正雪とは行動をともにしていませんでしたが、義理堅い性格のため、正雪から受けた数々の恩を無視できず、妻の死後、正雪が開いている軍学塾「張孔堂」に参加しました。とはいえ正雪を盲信しているわけではないので、正雪の元にはしってからも自分の信義に反することについては右近の味方をすることにしたこともありました。ただ他の配役は少々単純。金井半兵衛は川辺久造、林戸右衛門は伊吹聡太朗が演じています。二人とも悪役を演じることが多い人です。また正雪の口車に乗って後ろ盾になってしまう紀州藩藩主徳川頼宣を江原真二郎が演じ、お坊ちゃん育ちの性格をよく演じていました。最終回、頼信に疎まれていた付家老の安藤帯刀(島田正吾)が幕府の犬と罵られながらも頼宣を諌める場面は名場面です。なぜ幕府の犬と呼ばれるかといいますと、付家老は紀州藩士ではなく、江戸幕府の直臣だからです。また事が露見したことを悟った正雪が切腹するところも名場面です。成田三樹夫が悪の美学を表しています。昔の悪役俳優は格のある人が大勢いました。山形勲、南原宏治、戸浦六宏、岡田英次、神田隆、天津敏。皆亡くなってしまいました。今の水戸黄門に出てくる人達はあの頃よりもスケールダウンしたと思います。佐藤慶も最近は人のいい役ばかり演じているような気がします。


さて、新助は第2話の終盤で右近の部下になるわけですが、その許可を得るために右近が新助を伴って石谷十蔵と会うところは傑作です。そのやり取りを見てみましょう。


右近「実はこの男、本名を新助、世間の通り名を葵小僧という。」

十蔵「葵小僧?」

新助「旦那!」

新助、逃げようとするが、右近に捕まる。

右近「逃げるな。逃げると一生、晴れて世の中を歩けぬぞ。どうだ十蔵。この男を私に預けてくれぬか。」

十蔵「これは、お戯れを。葵小僧と申せば天下を騒がす不敵の痴れ者。いかに若の仰せとは申せ、見逃すことはできません。」

右近「そうか。だめか。」

十蔵「はい。町奉行たるもの、法を曲げては御政道は闇と相成りまする。葵小僧を見逃すことは断じてできません。されど、若が新助という小者をお使いなさるのは若の御自由。

これを聞いた新助の表情が変わる。

十蔵「若は先ほど、何小僧とか仰せられましたが、この十蔵、歳のせいか、耳が遠うござって、しかと聞き取りませなんだが。

右近「ん? ハ、ハ、ハ。さすが十蔵、伊達に歳はとらなんだようだな。右近、一つ教えられた。」

十蔵「は。それは恐れ入ります。」

右近「今日から葵小僧が江戸を騒がすことはあるまい。もし万が一そのようなことがあったら、そちの手は借りん。私がきっと始末をつけよう。」

新助と右近が互いを見やる。

右近「十蔵、礼を言うぞ。」

十蔵「もったいない事にございまする。」

十蔵の腹芸は絶品。これを聞いた右近が思わず笑ってしまうほど見事なものでした。昔の人はこういう腹芸が上手でした。似たような話は「大岡越前」や「水戸黄門」にもあったような気がしますが、いい話だと思います。最近の人はマニュアル通りの対応しかできないためか、このように融通の利く人が少なくなったと思います。なんでこういう世の中になってしまったのかなあとよく思います。