先週の放送では由香と純子の家族が登場していましたが、純子の兄の性格は好ましいとは思えず、相変わらず悪役ゲストを使い捨てにして話を進めるという状況は変わらないようです。今までどれくらいの人が出てきたのか、列挙したいと思います。


望月君子(河合美智子)

節子が亡くなった直後に将太が同級生の望月明菜に乱暴しましたが、そのことを学校に抗議した母親です。いわゆるモンスターペアレントで将太をクラス替えするように迫っただけではなく里親の勝太郎に対しても一方的に文句を並べました。まあ、こういう親はいるという話を聞いたことがあるので、この時点では特に疑問も抱かず、「シャラップっす。」と言い放った瞳を見て、20歳だから未熟なのも仕方がない、と思ったのですが…。今思えば、この時点からゲストを使い捨てにする話作りが進んでいたのだと思います。


島田奈緒子(大後寿々花)

明の同級生として登場した彼女も可哀相な扱い方をされていました。おそらく明に好意を持っていたのでしょうね。だから明の気持ちを理解したいと考えて、明が実の父に置き去りにされた遊園地へ一人で行ってしまったのでしょうが、あの描写だけではデリカシーがないと非難されても仕方ないと思いました。奈緒子の心理描写に費やした時間が少なすぎたんですね。あの扱い方では奈緒子が可哀相です。同じ週で勇次郎がマリをデートに誘えずに悩む場面が挿入されていましたが、はっきり言って、この描写は不要だったと思います。前田吟と同じくらいの年齢の母は勇次郎を見て、「今時あんなに純情な人はいないよ。」とばっさり切り捨てていました。だいたい、展覧会を見に行く人は中高年が多いというのに、セザンヌをまともに言えない人があの世代にいるとは思えません。


また奈緒子に対して怒りを露わにした明を勝太郎が詩を読んで諭すのですが、その後、明が手紙を出して謝罪しただけというのも好感が持てませんでした。いったいあの後、明と奈緒子は本当に和解できたのか。それを台詞だけで片付けてしまった作劇は手抜きだと思いました。


勝俣征二(田中幸太朗)

恵子と婚約していた六本木にある企業に勤めているWebデザイナーという設定でしたが、ITといえば「六本木」という発想に古くささを感じました。「恵子に1日20通(1時間に2通)もメールを出す」という設定のおかしさは以前述べたとおりですが、他にも、勝俣が自宅で作業をしている場面におかしさを感じました。最近は winny のセキュリティホールなどをついたコンピューターウィルスなどによるファイル流出事件の多発のため、職場からのデータ持ち出しを制限されている職場が多いのです。もし何かの事故でデータを収めたメディアを紛失したら、勝俣はどう言い訳するつもりだったのでしょうか。ここにも IT 業界に対する偏見(もしくは調査不足による誤解)が見られて不快でした。おそらく「悪役」なので適当に設定したのでしょうが、この頃から、私はこのドラマの作りに疑問を抱くようになりました。


石井忠司(俵木藤汰)

ICプロモーション社長で'''まゆげねこ'''ショーの興行元です。この人も脚本家がギャグ(のつもり)で挿入した場面ためにおかしな設定を与えられていました。それは、肝心の踊り子を面接もせずに瞳達に決め、さらには本番30分前になってビデオを見せて「この通りに踊ってくれ」と言い放ったことです。これでは仕事を請け負ったものとしては無責任過ぎるでしょう。普通はそれなりに踊れるかどうかを見極めるために面接して実技を確認するでしょうし、さらにはもっと前に振り付けのビデオを渡して練習させるでしょう。仕事に対する取り組み方がいい加減すぎるのではないかと思いました。


でも仕事に対する取り組み方がいい加減なのは石井だけではありません。仕事の最中に私用電話を受けても平気で長時間話し続ける百子、他の客もいるというのに友人が来たという理由で酒を飲みながら接客する「あにおとうと」の誠、何か心配事があると仕事が手につかなくなってミスを連発する瞳など。先ほどあげた勝俣もそうですが、どうも「瞳」の脚本を書いた人は仕事を馬鹿にしているのではないかと思います。


カズ(滝裕可里)(NEXT GENERATION)
かつてKENやRAYとユニットを組んでいたEIJIの妹。兄はKENとRAYのために死んだと思い、二人を恨んでいるのですが、関西在住としている理由がよくわかりませんでした。KENとRAYにこだわって大阪の予選ではなくて東京の予選に出場するというのなら、関西在住にしている意味などないと思うのです。さらに、初登場シーンでは「あにおとうと」でもんじゃ焼きよりもお好み焼きがいいと言い放っていましたが、食い道楽の大阪人がそんな食べ物を粗末にする発言をするとは思えません。あくまでも関西を敵とするステレオタイプの設定には共感できませんでした。

横山枝里子(三原じゅん子)

ウメさんの息子哲夫の妻として登場した枝里子は、哲夫の勤める会社の元重役の娘で実家が金持という設定でした。「銀座が近いのでそちらへ足が向く」という理由で月島をあまり訪れたことがなく、フランス料理とイタリア料理しか作らないそうです。しかも高級レストランしか行かないとのこと。そのため息子武志はウメが作った手料理に手をつけずに一言「ハンバーグを食べたい。」すると枝里子は「この辺にファミレスはありますか?」と尋ねる。ここまでの文章を読んでみてください。この脚本を読んだスタッフや役者は何も疑問に思わなかったのでしょうか。武志はフランス料理とイタリア料理しか食べたことがないので「ハンバーグを食べたい。」と言い出したとしたかったのでしょうが、そもそもハンバーグはフランス料理でもイタリア料理でもありません。で高級レストランしか行かないはずなのに、ファミリーレストランの場所を尋ねるのもおかしな話です。



横山武志(神谷涼太)

ウメの孫の武志はかなりの我儘に設定されていました。まずウメの手料理には箸をつけず、ハンバーグを要求。食事中にゲームをしたり、植木鉢を割ってその場に居合わせた将太に罪をかぶせたりするなどの暴挙をふるい、挙句の果てには「あにおとうと」でハンバーグやスパゲッティーやドリアやアイスクリームを要求し、出された棒アイスを一口舐めただけで「まずい」と言い放って食べるのをやめてしまいました。今時の子供は躾がなってないと言いたかったのでしょうが、これはやはりおかしな設定です。というのは金持ちならば教育にはお金をかけているはずなのでここまでわがままになるはずがないのです。こんなにわがままなら、私立小学校の受験に受かるわけがありません。枝里子のような金持ちなら、お受験をさせないはずはないので、こんなにひどい性格になるはずがないのです。


さらにウメの手料理に箸をつけなかったというのもおかしな話です。枝里子がフランス料理とイタリア料理しか作らなかったので和食を食べたことがなかったとしたかったのでしょうが、これはおかしいです。というのは小学校の給食は枝里子の手料理以外の料理が出るはずだからです。少なくとも味噌汁くらいは出るでしょうし、いなり寿司も目にすることもあったはず。母は「カフェテリア方式になっているので好き勝手に食べられたのではないか」と言っていましたが、それでも味噌汁くらいは飲むのではないかと思いました。



今里満(宅間孝行)

将太の実の母美紀恵の婚約者。児童相談センターに源泉徴収票を持ってきて、自分はこれだけの財産を持っているので将太の養育は可能だと言っていましたね。ということは、この段階で結婚についてはかなり話が進んでいると普通は考えるではないですか。ところが、それからしばらくして結婚は破談になってしまいます。なんと、今里は母親に美紀恵と結婚することを全く話していなかったのです。そんな肝心なことを母親に話しもせずに「将太の養育は可能だ」と言っていたのです。後で母親に話すのですが、水商売で子持ちの美紀恵との結婚を反対されると、態度を急変させて、結婚はできないと言ってしまうのです。いくらなんでも非常識ではないでしょうか。ただ、そのことで森本食堂の常連が今里をつるし上げようとするのは共感できませんでした。今里にも言い分はあるはずなのに、これでは「やくざみたい(母談)」です。瞳を正義の味方のように仕立てたかったのかもしれませんが、やり方が悪すぎます。この脚本を読んで詫間さんがどう思ったのかを知りたいです。



橋本圭一(戸次重幸)

純子の兄。ダンスに関する理解は全くなく、ことあるごとに純子に対して実家の餃子屋を継ぐように迫ります。しかし、自分は餃子屋を継ごうとはしません。というのは、自分は地元の銀行で働いており、結婚もしているので餃子屋を継ぐことはできないというのです。しかし、こんなのが理由になるとは思いません。要するに餃子屋の経営が安定していないので不安だと言いたいのかもしれませんが、理由としては弱すぎます。そんなに餃子屋が大事なら自分が継げよと言いたくなりました。これだけの理由で純子に餃子屋を継げと強いること自体、わがままと言われても仕方がないのではないでしょうか。

これだけ「悪役」が適当に設定されていると、リアリティが感じられず、登場人物に共感ができません。無知は仕方がないのかもしれませんが、もっと愛情込めて話を書いてほしいものです。しかし、ドラマを見ていても、脚本家が登場人物を愛して書いているとは思えないんですよね。これは悪役ではない人にも言えることです。たとえば、斎藤美紀恵の父、つまり将太の実の祖父の水島利男(田中健)についてもおかしな設定がありました。それは妻との離婚に至った理由が「1986年の三原山噴火で家屋と船を失った故郷の漁師に金銭援助をしたことで妻と対立」というものでしたが、調べた範囲ではそのような事実はなさそうなのです。1986年の噴火は溶岩が元町地区まであと数百メートルと言うところまで迫ったために全島避難に至ったものの家屋と漁船に被害は出ていなかったからです。ここまでおかしなことばかり書かれていると、冒頭で「このドラマはフィクションです。」と断り書きを出して放送するべきではないかと思いました。また斎藤美紀恵を演じた小池栄子さんは2008年7月19日放送の「土曜スタジオパーク」出演時に「男に依存して子育てを放棄するという役には共感を持てなかったが、良い点をみつけるように心がけ、監督とも議論して演じた」と語っていました。脚本を非難するつもりはなかったのでしょうが、見ていて苦笑いしてしまいました。