
帰ってきた、三省堂書店!
本日、三省堂書店が神田神保町に帰ってきました!!
2022年の5月8日に、築41年のビルの建て直しのために一旦閉店しました。
あれから約4年、とうとう神保町のランドマークとも言うべき三省堂書店が帰ってきました。
建物自体は去年の冬にはほぼ完成していて、今年に入ってから内装の工事が進んでいました。
今月になってからは、棚に本を入れる作業が始まり、ビルの外からその棚入れ作業をワクワクしながら眺めていました。
そして今日、ついにグランドオープンとなりました!
実は神保町で働く人間のよしみで、一昨日の内覧会でひと足お先に中に入れてもらえました。
店内は天井が高く、新しい建物の匂いと本の匂いでいっぱいでした。
その時はゆったりと見て回れたのですが、流石に今日のグランドオープンは、待ちかねた人々でいっぱいでした。
年々書店の数が減少してきていますが、こうしてたくさんの人々で賑わう書店を見ていると、出版の世界で働く人間としては、本当に嬉しいです。
以前の三省堂書店は6階までが書店のフロアでしたが、新しくなったお店は書店は3階まで。在庫数も旧書店よりも少なくなりましたが、それでも50万冊あります。
各フロアごと棚の配置がユニークで、書店というよりも図書館に来たような感じです。
3階にはカフェスペースがあり、コーヒーを飲みながら買った本を楽しめます。
店内はバリアフリーで、エレベーターで各フロアに移動できます。
通路も広くゆったりしているので、車椅子での移動でもあまりストレスは感じません。
嬉しいのは多目的トイレが2〜4階の3ヶ所にできたこと。以前のお店では、5階に1つだけだったので、便利になりました。
残念なのは、1階にある古書と洋書の棚が、階段を上がってしか行けないこと。ここに上がると1階のフロアを見渡せる作りになっているようなのですが、僕は上がることはできませんでした。
2019年に読書バリアフリー法が施行され、出版業界的にもバリアフリーの流れになってきている中で、なぜこのような設計にしてしまったのか、この点だけが非常に残念でした。
そして4階には、少年ジャンプのフラッグシップショップ「THE ジャンプショップ神保町」ができました。
ここも一昨日の内覧会で見てきて、その時は割とゆっくりと見て回れたのですが、本日以降は入店規制があり、事前予約をしないと入れない仕組になっています。でもここでしか買えないジャンプのキャラクターグッズがいっぱいなので、ファンなら頑張って予約して行ってみてください。
神保町生活に大きな楽しみが増えました!!
今年のアカデミー賞は「ワン・バトル・アフター・アナザー」が6冠!
今年のアカデミー賞が発表され、「ワン・バトル・アフター・アナザー」が作品・監督・助演男優・脚色・編集・キャスティングの6冠で最多受賞となりました。
「ワン・バトル・アフター・アナザー」は僕にとって去年観た映画のベスト1だったので、これは嬉しい結果でした。受賞した部門にもみんな納得です。
エンターテイメントとしての面白さはもちろんですが、現代のアメリカが抱える移民問題や白人至上主義がテーマであり、骨太で深みのある作品です。
助演男優賞を受賞したショーン・ペンのコメントに注目していたのですが、残念ながら彼はアカデミー書を欠席したそうです。
すでにネット配信やDVD、Blu-rayの発売も始まっていますが、これは絶対に映画館で、特にクライマックスのカーチェイスは大きなスクリーンで観るべきです!
嬉しいことに今回の受賞を受けて3月27日から凱旋上映があるそうなので、また映画館で見たいと思います。
「東日本大震災から15年」と絶対言わない理由
今日は「東日本大震災から15年」という記事を書こうと考えていたら、こんな記事をネットで見つけました。
そうなんですよね。震災はまだ終わっていません。
まだ2万人を超える人々が避難生活を余儀なくされています。
福島第一原発の廃炉作業は、遅々として進んでいません。約880トンと言われる核燃料が溶け落ちてできた「燃料デブリ」の内、これまでに採取できたのは約0.9グラムです。除染土の処分場所も決まっていません。
かつて安倍元首相は、福島第一原発の状況について世界に向かって〝Under Control〟と得意げに言い放っていましたが、これのどこが〝Under Control〟なのでしょうか?
それにも関わらず、日本は再び原発推進へ舵を切ろうとしています。日本のみならず、アメリカやヨーロッパでも同じ動きになっています。
現在進行中の中東での戦争は、石油に依存することへの危機を煽り、さらに原発容認の動きを加速するのではないかと危惧しています。
今年になり、日本も世界も思いもよらなかった大きな変化に直面しています。
困難な状況に対応することは必要ですが、それは一時的なものではなく、長い目で考える必要があります。
東北地方太平洋沖地震を受け、日本各地で事前復興計画を作成する動きが進んでいるそうです。大地震などの大きな自然災害にあった場合、どのように地域の復興を進めていくのか。またあらかじめそうなった時のことを想定した地域のデザインを考えていくことなどです。
15年前の出来事は過去ではありません。復興作業はこれからも続いていきます。
そして日本があの日から学ぶべきことは、まだまだたくさんあります。
景気の回復も大切ですが、そのために蔑ろにされるものがあってはいけません。
「日本列島を、強く豊かに」という言葉は勇ましいですが、本当の「強さ」「豊か」さとは何かを、今一度考えるべきだと思います。
待ってました!「ウィキッド 永遠の約束」
1年ぶりに公開となった後編「ウィキッド 永遠の約束」を観てきました。
ブロードウェイの大人気ミュージカルの映画化。日本でも上演されていますが、僕はミュージカル版を観ていません。そんなわけで、昨年公開の前編を観終わったとき、「この後どうなるんだ〜!?」と後編の公開を心待ちにしていました。
前編の「ウィキッド ふたりの魔女」については、昨年このブログでも書きました。
前編ではアリアナ・グランデの魅力にやられてしまいました。
そして今回の後編でも、もちろん彼女に期待していたのですが、今回は〝悪い魔女〟エルファバに焦点が当たっています。
オープニングのエルファバの登場シーンが無茶苦茶カッコいいのです!一気にオズの世界に引き込まれます。
前編はアリアナ・グランデ演じるグリンダのコケティッシュな魅力が全開で、コメディの要素もあり、何よりも二人の圧倒的な歌唱力と豪華絢爛な衣装と美術に圧倒される華やかな内容でした。
今作は一転して全編にわたりシリアスな展開が続きます。
僕はジュリー・ガーランド主演のオリジナルの「オズの魔法使い」は観ているので、エルファバの運命は知っています。だからこの作品はどんな終わり方をするんだろう?やはり暗く重い結末が待っているんだろうか?とドキドキしながら観ていました。
シリアスな展開とは言え、オズの世界のセットや、登場人物たちの衣装は、前編に負けず劣らず素晴らしいです。そしてもちろん、シンシア・エリヴォとアリアナ・グランデの歌声に聴き惚れてしまうのはいうまでもありません。
今作はアクションの要素も増えていて、CGによるVFXがふんだんに使われています。VFXを担当したのは世界最高のVFXスタジオであるILM(Industrial Light & Magic)なので、見応え十分です。
「オズの魔法使い」の裏話的要素が前作以上に出ていて、「オズの魔法使い」を観ていれば「なるほど!」とうなづけるシーンがいっぱいです。ドロシーと一緒に旅をするブリキ男やカカシ男が実は・・・!という場面も用意されています。なので、この作品を目一杯楽しみたい人は、ぜひ「オズの魔法使い」を観ておいてください。
しかし華やかな映像の裏には深いテーマがあります。
善悪の基準が何なのか?大衆に支持されることが果たして善きことなのか?今の世の中を見ていても、立場が変われば善悪の基準なんて簡単にひっくり返ってしまいます。
昨年放送していたNHKの朝ドラの「あんぱん」の中で、「ひっくり返らない正義」という言葉で何度も出てきました。今世界は、国や文化、人種、宗教を超えて「ひっくり返らない正義」を真剣に探さないといけない局面に入っているなあ、とこの映画を観ながら考えていました。
優れたエンターテイメントでありながら、実にタイムリーなテーマを投げかける良作だと思います。
涙の、さらに奥にあるもの〜「声なき声」
ジャーナリストには2種類あります。
ひとつは大手メディア企業に属し、そのメディアのスタッフとして取材を行う人たち。
もうひとつフリージャーナリストと呼ばれる人たち。彼らは自費で取材活動を行います。時には渡航自粛を勧告されているような危険な戦地や紛争地域に赴き、命を危険にさらしながら取材を行っています。しかしそうやって取材した成果が、必ずしも多くの人々の眼に触れる保証はありません。
それでも彼らは取材を続けます。なぜならそこに伝えるべき、伝えばければならない事実があるという強い信念と使命感があるからです。
今日紹介する「声なき声」は、そんなフリージャーナリスト・小野寺翔太朗さんが書いた本です。
この本を知ったきっかけは、先月、神保町の東京堂書店で行われたこの本の刊行を記念した小野寺さんのトークショーでした。小野寺さんのことは全く知りませんでした。ではなぜこのトークショーに参加したかというと、ゲストが小松由佳さんだったからです。
小松さんは昨年「シリアの家族」で開高健ノンフィクション賞を受賞しました。小松さん自身がシリア人と結婚しています。その立場から家族という視点でシリアの今をレポートした素晴らしい本です。
小松さんのことは2020年に刊行された「人間の土地へ」という本を読み、深く感銘を受けました。以来、注目しているドキュメンタリー作家です。
そんなわけでどちらかと言うと小松さん目当てで、そのトークショーに参加したのでした。
しかしトークショーで小野寺さんが語った、「声なき声」に書かれているウクライナのブチャ、そして2023年に消滅したアルツァフ共和国のことは衝撃的でした。
ブチャのことは2022年のロシアのウクライナ侵攻以降、たびたびメディアでも取り上げられていたので知っていましたが、アルツァフ共和国のことは恥ずかしながら全く知りませんでした。
アルツァフ共和国はアゼルバイジャンに住むアルメニア人が作った国でした。しかし2023年のアゼルバイジャンの攻撃により、国家は消滅。アルツァフ共和国の住民は隣国のアルメニアに逃れ、現在は亡命政府があります。
この辺りは非常に複雑な歴史的経緯があるので、興味のある方は調べてみてください。
小野寺さんは2020年から2022年にかけてアルメニア・ウクライナを旅し、現地の人々と交流し、戦争の被害に遭った人たちの話を丹念に聞いてきました。そしてこの旅の中で、フォトジャーナリストになる決心をしました。
戦地や紛争地の話というと、どうしても悲惨で暗い話題が多くなってきます。また読む側もそういう話を待っていることが多いと思います。
この本の中でもブチャやアルツァフ共和国の人々が、戦争による辛い体験を語っています。しかし、それだけではありません。小野寺さんは、そんな困難な状況の中にあっても、強く明るく生きる人たち、特に子供たちに常に焦点を当てています。
本の中に彼のこんな言葉があります。
わたしが求めるのは、涙の、さらに奥にあるものだ。
メディア関係者、週刊誌の編集者や、新聞の編集の人が求める、涙や血、破壊された建物、お墓の前で泣き叫ぶ遺族、そういった、彼らが「これぞ戦争という、読者が求める絵がほしいんですよ」と、語るものではない。新聞やニュース映えする写真や映像を撮影するのがジャーナリストの仕事なのかもしれない。だけど、わたしはそういったもののために取材をしているわけじゃない。
時には取材相手に対して我慢ができなくなり、感情的に激しく口論する場面もあります。ジャーナリストとしては、まだまだ未熟なのかもしれませんが、僕はそんなところに小野寺さんの人間に対する真摯な態度を感じました。
この本のもうひとつの大きな特色は、小野寺さんの家族に関する出来事が時折挟み込まれること。それは小野寺さんの父親の死にまつわることです。彼の父親は自死しました。そのことがきっかけで家族が崩壊し、半ば自暴自棄になった小野寺さんは旅に出ました。
しかし旅の中で出会ったウクライナやアルメニアの人々を通じ、彼の中にはある種の希望、生きる意味を見出していきます。
そんなジャーナリストへと成長していく記録の本でもあります。
本の中に収録されている写真は少ないですが、小野寺さんのウェブサイトに行くと、この本に書かれている取材先での写真が多数掲載されています。ウェブサイトを見ながらこの本を読むと、ウクライナやアルツァフ共和国の人々、そして小野寺さんが伝えたいことへの理解がより深まると思います。
この本と出会わなければ、僕はアルツァフ共和国のことは今も知らないままだったでしょう。知ったからといって、何ができるわけではありません。
しかしこれを知ることで、間違いなく自分自身の世界の見方は変わっていくと思います。
そしてそんな知られざる世界の事実、声なき声を届け続けるフリージャーナリストの方々に、敬意を表したいと思います。
コミュニケーション不全バトルコメディの傑作!「みんなおしゃべり!」
日本手話とクルド語のディスコミュニケーションを通じて、世の中をシニカルに描いた「みんなおしゃべり!」を観ました。
これは予想のはるか上を行く痛快な作品でした。
この映画の主人公はろう者と日本在住のクルド人。こう書くとシリアスな物語を想像するかもしれません。
しかしこの映画は、障害者をテーマにした物語にありがちな感動作とはひと味違います。またクルド人と言えば、今盛んに叫ばれている外国人問題の象徴のような存在ですが、悲壮感はありません。
ろう者の古賀和彦が経営する電器店の近くに、クルド人のルファトが経営するレストランがオープンしようとしていました。
ある日、ルファトが和彦の電器店にやって来ます。そして些細な勘違いからトラブルが発生し、双方の仲間たちも加わりいがみ合うようになります。
しかし和彦たちには彼らの話すクルド語はもちろん、そもそも音が聞こえません。ルファトたちは日本語も日本手話も理解できません。
その間に立ったのが、和彦の娘で耳が聞こえて手話のできる夏海と、日本で生まれ日本で育ったルファトの息子ヒワ。
二人は通訳をすることを通じて、いろいろな問題に気づいていきます。
コミュニケーションって何?
言葉って何?
障害者って何?
コミュニケーション不全を描いた映画ですが、この作品で大きなポイントになるのが和彦の息子で小学生の駿の存在です。彼もろう者で、学校では聴覚障害者のクラスに通っています。コミュニケーションが苦手で、学校でもほとんと友人と会話(手話での)はせず、絵ばかり描いています。
駿は自宅の電器店にやってきたクルド人が落としたメモを拾います。そこには見たこともない文字が書かれていました。しかし駿はその文字に惹かれ、言葉というものへの興味が強くなっていきます。そして自ら新しい言語を作り出し、それをクラスの仲間たちに広めていきます。
その言葉が学校内で一悶着を起こします。
自分たちの使っている言葉が通じないなら、新しい言葉を作ってしまえ、という子供たちの柔軟な発想に、コミュニケーションとは何かというヒントが見えてきます。
世界には約7000の言語があると言われています。言葉の目的はお互いの意思を疎通させることです。
しかし音で発する言葉だけが言語ではありません。
映画の中で、街おこしの「ノア・プロジェクト」というものがでてきます。これはマイノリティの人々への理解を深め、共存する社会を作ろうというプロジェクトです。
マイノリティのカテゴリーとして「外国人」「障害者」「言葉」といったものがあります。手話は「障害者」のカテゴリーに入れられていましたが、ろう者たちは手話は彼らの言葉だから「言語」のカテゴリーに入れろ、と要求します。
手話だってコミュニケーションを行うための立派な言語です。
ろう者=障害者という一方的な見方では気づけない視点を、この映画は教えてくれます。
またクルド人の置かれている立場についても、とてもわかりやすく説明してくれます。
この映画を見ていると、言語、文化、習慣などの違いによる分断や排除が如何に些細で愚かなことなのか、と思えてきます。
小さなコミュニテイの中での出来事を描いていますが、それはそのまま現代社会で起きている分断や排除、不寛容の本質を突いているように感じました。
そしてラストがこれまた痛快です。ある名作SF映画へのオマージュとも言える展開になっています。思えばその作品もコミュニケーションが重要なテーマでした。
監督の河合健さんは自身もろう者の家族を持つ〝CODA〟です。コメディの体裁を取りながらも、ここで描かれているのは、リアリティのある、普段の生活では見落としがちな、しかし向き合うべき現実です。
テーマはとてもシリアスで大切なことなのですが、それをあっけらかんとした笑いに昇華させた稀有な作品です。
「ミックスモダン」
第75回ベルリン国際映画祭パノラマ部門に選出された「ミックスモダン」を観ました。
窃盗と傷害で少年院に入っていた少年が、出所後、お好み焼き屋を営む保護司の夫婦のもとで、生きることの意味を見出していく物語。
説明的な描写や台詞を極力省いたドキュメンタリータッチの展開。
“反省はひとりでもできるが、更生は一人ではできない”という言葉があります。少年は人生をやり直したい、という決意を持ちますが、社会は必ずしも少年のその気持ちをすんなりとは受け入れてくれません。
少年を支えようとする保護司の夫婦も、日々「偽善者」という心無い中傷の言葉を投げつけられます。
「犯罪者」「社会不適格者」というレッテルを一度貼られた人間は、どんなに生まれ変わろうとしても、世の中はなかなかそれを許してくれません。
SNS社会になってからは、そんな風潮がより強くなっているように感じます。
そんな中にあってこの映画は、厳しい現実を映しながらも、最後まで少年に寄り添おうとする人々の心を描いています。
優しさ。
厳しさ。
命の尊さ。
生きていく上で人間にとって本当に大切なことは何なのかを、この映画は愚直に、しかし誠実に問いかけています。
公開館数がとても少ないのですが、機会があればぜひ観てほしい作品です。
マックィーンへのオマージュを感じる「クライム101」
ドン・ウィンズロウの原作を豪華キャストで映画化した「クライム101」を観ました。
予告編を観たときは、豪華キャスト頼みのスタイリッシュが売りのイマドキの犯罪映画かと思いましたが、原作がドン・ウィンズロウと知り俄然興味が沸きました。
ドン・ウィンズロウは日本に紹介された頃にハマっていた作家です。初期の〝ニール・ケアリー〟シリーズは大好きでしたが、最近の作品は読んでいなくて、この映画の原作も未読です。しかし、そのストーリーテリングの上手さには信頼があり、この映画にもそれが活かされていると感じました。
舞台は現代ですが、どことなく1970年代のクライム・アクションのテイストがあり、好みの内容でした。
キャスティングもただ豪華なだけでなく、みんな適役でした。主役のクリス・ヘムズワースの犯罪以外での不器用なところは、良い味が出ていました。
しかし何と言っても、バリー・コーガンの不気味さが際立っていました。
僕がこの作品で好きなのは、スティーヴ・マックィーンへのオマージュが感じられるところです。
クライマックスで、ヘムズワース演じるデーヴィスとマーク・ラファロ演じるルー刑事との下の動画のやり取りがあります。
この映画の魅力のひとつはカーアクションなのですが、最近のアクション映画には珍しい骨太で豪快なカースタントで、これは確かに「ブリット」を彷彿させます。
また映画のエンディングは「ゲッタウェイ」へのオマージュを感じました。
僕にとってスティーヴ・マックィーンは永遠のヒーローなので、そんなところもこの映画に好感を持っている理由のひとつです。
ハル・ベリー演じる保険会社員がキャリアアップのジェンダー差別に憤慨するところや、ルー刑事が組織のルールと正義の狭間で苦悩するところなど、社会の歪みが盛り込まれていて、物語に厚みを与えています。
上映時間がやや長く、冗長なところもあるので、もう少しコンパクトにまとめていればテンポの良い作品になったと思います。
それでも最近のクライム・アクションの中では、水準以上の出来栄えだと思いますので、この手のジャンルが好きな人にはオススメです。
スクリーンでの瞑想体験「黒の牛」
禅宗の修行過程を象徴的に描いた「⼗⽜図(じゅうぎゅうず)」から着想を得て作られた「黒の牛」を観ました。
昨年、予告編でこの作品を知り「これは観ておかなければならない」と直感しました。
「十牛図」とは禅宗の修行過程を詩文・解説からなる十枚の絵で表したもの。牛は「心」や「真理」、あるいは「仏性」を象徴し、それを探し、捕まえ、飼いならし、そして超越していく修行者の精神的な歩みが、十段階に分けて表現されています。
映画はその十枚の絵にならい、表現していきます。
主役の農民を演じるのは台湾の名優リー・カンション。文明化が進みつつある山村で狩猟生活を行っていた男が、牛と出会い、農民となり生活を変化させていく中で、自然とのつながりを失っていく姿を描いています。
台詞は少なく、モノクロの映像の中で、男と牛との営みが静かでありながらも、異様な圧力を持ってスクリーンから放たれます。
監督の蔦哲一朗氏の故郷である四国の祖谷地方を中心に撮られた風景は、それ自体が強烈な存在感を持っています。
そして過剰とも思える降雨のシーン。
ワンシーン・ワンカットのリズムは、映画を観ていると言うよりも瞑想体験をしているかのようです。
そしてクライマックス、それまでモノクロのスタンダードサイズだった画面が、第九図「返本還源」の場面では70mmのシネマスコープサイズになります。圧巻のエンディングです。ちなみにこの映画は全てフィルムで撮影されています。
しかしエンドクレジットを観ながら「十牛図なのに、なぜ第九図で終わりなんだろう?」と不思議に思っていました。
その理由は最後の最後にわかります。ですからエンドクレジットが終わるまで絶対に席を立たないでください。
この映画自体が禅宗の修行体験だったのだと気付かされた瞬間でした。
新人監督・新人女優の魅力が詰まった「グッドワン」
カンヌ国際映画祭やサンダンス映画祭で注目された「グッドワン」を観ました。
17歳の少女サムが、父親のクリスと彼の友人のマットと3人で2泊3日のキャンプに出かける物語。
当初はマットの息子も参加する予定だったのですが、出発当日「やっぱ俺行かねー」と拒否され、3人で行くことになりました。
この辺りから不穏な空気が漂います。
僕自身キャンプが大好きで、子供が小さい頃はよく連れて行っていました。子供達が中学生になった頃に事故で車椅子生活になってしまったので、10代の頃の子供達とはキャンプに行っていないのですが、映画の中での父親たちの言動には「やっちまったな〜」と思うところが多々ありました。
子供と一緒のキャンプは、父親にとっては普段はできない格好いい姿を見せるチャンス。クリスもキャンプの主導権を握ろうと張り切ります。そんな父親を立てながらも冷静に見ているサム。
1泊目のキャンプ地で、たまたま若者3人組のグループと一緒になります。夜は焚き火を囲みながら彼らと談笑します。そこでの話は自分たちがこれまでに行った旅先の自慢話。クリスはパタゴニアを旅した経験などを話しながら若者からマウントを取ろうとしますが、若者たちもこれまでに中国の辺境などを旅してきたなかなかの強者でした。そんな風に自分と年齢のたいして変わらない若者たちとの意地の張り合いを冷ややかに聞いているサム。
こうして大人たちの幼稚でしょうもないところが見えてきたところに、ある事件が起きます。それはマットのある言葉なのですが、それをきっかけにサムの中では大人たち、というか男性のと言うべきでしょうか、女性に対する権威的なところや差別意識が見えてきます。
そして最後にサムは、ある小さな抵抗を試みます。
ものすごく大きな出来事が起きるわけではなく、物語は比較的淡々と進んでいきます。しかしサムの女性ならではの行動や、彼女の心情を映し出すような自然の描写など、繊細な演出により、彼女の心の揺れ動きがうまく表現されています。
サムを演じるリリー・コリアスはこれが初主演作だそうですが、微妙な心情の変化を見事に演じ、これからが楽しみな女優さんです。
監督のインディア・ドナルドソンもこれが長編デビュー作。次回作への期待大です。
娘さんを持つお父さんには、ぜひ見てほしい作品です。





























