こんにちわ( ゜▽゜)/
暑くなりましたね
特別な事は無いのに病的に眠い日があって
寝ても寝ても・・・寝落ち
1日中寝たら元通りになりました
このような事はじめて(#^.^#)
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この記事画像は10年以上前のもの
7月の長引いた梅雨の
雨上がりに撮影をしました
2012年に一度記事に取り上げた
私、若かったなぁ(〃▽〃)ポッ
元データの状態は悪かったのだけど
プログラムで可能な限り修正を加えました
私のブログの原点、当時の事を綴ります
私は10歳代で家を出て
自衛隊/大学進学、海外へ出稼労働・・・
私が海外で働いたのは
就職氷河期で行く場所が無かったから
また、国内企業から現地へ派遣されたのではなく
最初から海外で就職活動をした
『自衛隊を辞めなければ
公務員だから将来安泰だったのでは?』と
ご意見頂いた事があったけど
その「安泰」で胡坐をかく、
姿勢/考え方を私は許せませんでした
私が自衛隊で働き続けていたら
兵器火器管制というお仕事に就いていた
皆さんにわかり易く言うと
ホットスクランブル・・・・
国民の安全を脅かすものを
一番最初にキャッチして迎撃するのが職務
話をもどして・・・海外で働くというと
華やかでスマートなイメージがあるけど
私は丸裸で海を渡った
現在、新興国から日本へ来た出稼労働者と
あつかわれ方は同じ
それも変化の激しい業種で
何社も渡り歩いて伸し上がった
長い海外生活のあと日本国内へ復帰
国内で働き始めて数年後、
私は2年以上に及ぶ
酷い発作持ちとなり働けなくなっていた
私を追い詰めたのは
日本社会の大きな問題である
派閥/学閥主義との闘いとリーマンショック
派閥/学閥主義は優秀な人材でも
決まったルート以外の人は使いつぶされる
酷いのは、本当の敵は外に居るのに
組織内(仲間内)で潰し合いをしている・・・
私に言わせればアホです
日本企業/役所の到るところでこうなっている
皆が恵まれた環境で
生きているわけじゃない
私自身・・・
外資系企業の中途採用者として冷遇された
だから、
連合を後ろ盾に労働組合を立上げ
職場と全面戦争を試みたの
従業員数が少なく
労働組合の業務だけを専従で行ったのではなくて
日々の仕事も人並みにというか
私は組織内でも殺人的に忙しい部署に所属し
職業を2つもっているようなもので
寝ずに休まずに働いた
労働組合というと
社会主義思想者や春闘で給料交渉を
イメージする人が多いけどぉ
実際のところは
業務は多岐にわたり、精神論ではなく
論理的に組織運用をどのようにしていくのか
従業員の立場として議論する
そして従業員を束ねていくという重責もあります
労働組合を運営する事は
組織を運営するSTEPのようなもの
権力を与えられ組織の仕組みを作る、
労働者に代わり怠惰な管理職、役員を切る
私は怠惰な管理職を何人もクビにしました
場合によっては
あえて労働者の非難の的を演じて組織を守る
私はこの経験で組織を経営する事の
厳しさや大変さを学んだ
労働組合役員として
経営者との攻防は何年も続き
少しずつ環境変化が生まれたのだけど
経済崩壊リーマンショックが・・・
この未曽有の不景気は
景気の影響を受けにくい私の業界にも
大きな影響を与えた
給料3割以上のカットに休業
従業員の生活は困窮し、
毎日のように私のところには
金融機関から
『従業員様のローン返済が滞っています』
『放置されると強制執行に入ります』と電話がかかり
私は彼らを守ろうと翻弄した
金融業者と交渉した事もあるし
政治家の要人(名前明かせません)に
直談判したこともある
職場と労働闘争を休戦し毎日のように
この窮地をどのように乗り越えるのか
議論を続けていた
お互い法律や政府の救済方法を調べながら・・・
昼夜関係なく休みなく働き続け
それでも総会で
従業員から徹底的なバッシングを受けます
みんな我慢が限界にきていたのは理解していた
この頃、私は心身共にボロボロになっていたけど
何とかリーマンの窮地を乗り越えた
ホッとしたのかもしれない
私、気力を使い尽くして
力が抜けたように倒れ込み
私はそれ以降、発作が止まらなくなりました
発作は数日おきに再発した
私が記憶する限り、発作は2年以上続き
症状がクモ膜下出血に似ているけど
頭の血管は正常で
当時は原因が分からなかった
発作が治まっても
2~3日は2日酔いのようにふらふらした
お酒を飲んでいなくてもそのようになる
このブログ記事画像を撮影した日、
AM2:00頃に発作が始まり
バットで頭を殴られ、ドリルで
頭の中を搔きまわされるような激痛
嘔吐が4時間以上続き
AM6:00過ぎに発作が治まり
フラフラしながらお仕事に出掛けると
上司にいきなり胸倉つかまれて
『医者へ行け!』と怒鳴られる
鏡で自身の姿を見ると別人が写っている
例えるなら四谷怪談のお岩さん
熟したトマトのように瞼が爛れ
顔が何倍にも腫れあがっている
自宅へ戻り
雨上がり顔の腫れが引いた後、外へ出た
もう心身ボロボロで
瑞々しい景色に生きている幸せを感じた
↓当時、体重は45kgを切り
顔色が白いのを通り越して茶褐色になり
死相が出て、もう亡くなるかもと言われていた
発作が酷く働けなくなり
法律の先生に法の加護を受ける相談中に
思いを綴る事を勧められた
これが私のブログの起源です
優しく面倒をみて下さる男性が現れ
生れて初めて人に優しくされた
5年の交際後、私は力を取り戻した
それが無ければ私は潰れていたでしょう
私のブログの運営は彼に習ったもの
彼は芸術家でもありエンジニアでもあったの
いつも花が咲き誇る花畑へ
私を連れて行ってはお写真の撮り方を
教えてくれた。
うふふっ(#^.^#)
Youtubeにまとめました
私の地元、山崎は水が豊富だから
お酒の工場がたくさあります
それに竹林、紅葉、桜がとても有名
↓Yotube 画像をクリックする
山崎の森にて
この記事で書いた発作と
私が今、闘っている
全身の骨が侵される病気と
関係ある事が判明してきました
幼年期から今までムリし過ぎて
甲状腺や下垂体まで異常を起こし
それでも頑張り続けているのに
『真面目にやれ!』 なんて偉そうに言う
そのような人達の一言一言が
私にとって身の毒でした
自称成功者なんて
中身の無い世渡り上手と
声が大きいだけの人達なのだから・・・
ヤケを起こさずじっと耐えて
地道に物事の解決を図り
積み上げていく、それが私のやり方だから
それが認められても、認められなくとも
実行する事に意味があると思う
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