山林の境界踏査に入ろうとしたら雨がひどくなって帰ってきました。(あ、管理地じゃなくて、依頼された仕事です。)

前々回の予告どおりに、話を進めます。
図の一番上から順番にいきます。

この一連の図は、森林の再生方法(更新方法)の図ですが、これ以外にも組み合わせによってパターンは色々出来ます。
各図を比較すると、更新方法が違えば、森林の構造が違うことに気が付きます。更新が先か、構造が先かって部分はありますが。

一番上は、言わずと知れた「皆伐」です。多くの人が、これしか林業の方法は無いと思っている方法です。

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学生の頃に使っていた朝倉書店の「新板 造林学」には、何気に、「大面積皆伐天然下種更新」も記述がありますが、この図では植林でしょう。 区画がはっきりしているし、一番左の伐採前は多樹種なのに、更新後は単一樹種です。


「新板 造林学」には「大面積皆伐天然下種更新」の注意点がコンパクトに纏められていますので、ここに書かなくてもいいのですが、風散布の種子を持つ陽樹の側方下種更新利用でのみ、出来ることもある、くらいで書いておきましょう。
種子の飛散距離が、アカマツなどで母樹の樹高の4~8倍、カンバ類などで樹高の4~8倍と書いてあるため、皆伐出来る広さは母樹から大雑把に言って150mくらい。
これがここで「大面積」という表現が使われている広さです。

植裁で更新する皆伐一斉造林について、ここで長々書くつもりはないのですが、同じ一斉林でも、樹種、手の入れ方、地形その他が違うと、人が気づくことや考え方も違ってくるのじゃないかと私は思っています。
だから、図の一番右の絵で、同一樹種で副木的な下層木があって、それの枝が枯れ上がっていないのとか、妙に気になります。

こんな状態に出来るのはトウヒではなくモミじゃないかなあ、とか、植栽密度とか、林齢とか。

19世紀初め、ドイツで乱伐後に植林する木として選ばれ、黒い森になったのは、トウヒだと聞いています。
トウヒはモミが生育できないところに点在する程度の木ですが、種が採りやすい、鹿に食べられにくい、開けた場所に植えても大丈夫(要は陽樹)、などの理由で植えられたと聞いていたので、ちょっと、アレッ?って思ったんですよね。

因みに南ドイツの20世紀に入ってからの林業は長伐期で、太さ基準で伐っているそうですが、結果的に120年超えるものも少なくないそうです。
太い木のほうが製材に融通が利いて、価値が高かったという理由があるのですが、他に天然更新を行うためでもあります。
この図がモミで長伐期なら、後から林内に生えてきたモミがこうなってもおかしくないです。

日本では、高度経済成長期とか、木を出せ出せと言われた時代に、平均年成長量が最大となる40~50年程度で伐るのがいいみたいに言われて、未だに「50年で伐期」とか「伐採期に入った」とかいう考えが亡霊のように世の中に蔓延していますが、それで皆伐していたら、天然更新を利用しようとはずーっと思いつかないかもしれないと思います。

私もそうですが、現場の人は、一昔前より天然更新を目にする機会が増えていると思います。林齢が上がってきたんですよ。
でも、林業は伐って植えるものだと思いこんでいたら、稚樹も幼木も粗雑に扱ってしまうだろうと思います。


で、この天然更新を利用しようと思いつくには、天然更新を目にしていないといけないのですが、石井寛先生の研究によると、ドイツの近代の造林はブナの傘伐(2番めのやつね)を起点として始まっています。
次回、この傘伐について書きますが、これが、考えれば考える程特殊な施業だなあと思うんです。
どうやって、この方法に気がついたのか不思議なんですよ。スイスでのモミの択伐林は分かりますよ。農家が遠くの森から、冠婚葬祭のためにたま~にモミを伐り出していたら、自然とそうなるのは想像出来るんです。でも、このブナの傘伐は・・。うーん、これだけは、自然現象見て林学者が施業体系完成させていったのかなあ・・。それでもスタートが分からないんです。


あ、それから、これを書いておかないと。

先日、アカマツとスギの話を書いた時、不用意に「生理的適地」、「生態的適地」という用語を使ったのですが、FBでの知人のコメントに返答していて気が付きました。近自然的林業を説明する時、「生態的適地」という用語は邪魔です。「ニッチ」(生態的地位)ならいいんですけど。
ひょっとして、そういう用語は誤用なんですかね。ここのところ生態学会もご無沙汰しているので。

考えが言葉に縛られてしまうっていうのはよくあることだと思います。大体「人工林」という単語もよろしくないです。