飽き症の私は、一つだけ16年間続いていることがあるのです。
それは、児童虐待を防止する思いです。
実は、EXILEを応援するのもそこにつながっているのです。
私は、1997年にNPO法人CAPNAと出会い、
その時からずっとCAPNAを応援してきました。
たった一人の子どもを虐待から救えず死なせてしまった悔しさや悲しみ自身の無力さから
「二度と子どもの命を亡くさない!」
の思いを胸に(故)祖父江文宏さん(暁学園園長すけ)と
ソーシャルワーカーの矢満田篤二さん、名古屋副市長の岩城正光さんなど
が中心となり設立されました。
「なんで僕が副市長に?」
「どこの馬の骨か分からん者を

」
と、河村名古屋市長反対派議員に叱咤?され、逆風?を受けながら
「CAPNAに愛の手を~

」
の言葉を一身に背負い、板挟みになりながら
「僕は公平です

」
と宣言し全てを手放し、前へ進んだ男らしい現名古屋副市長の岩城さんです。
新聞でCAPNAの存在知った私は、当時子育ての真最中でした。
私自身も被虐待児であり、DV家庭に育ち、子育てに自信を無くしていました。
そんな中、祖父江さんに出会い、私の求めていた父の姿を見ました。
そして、この人について行こうと決めました。
祖父江さんと私は、私が一方的に遠くから眺めるだけの関係で
あえて、近ずきすぎる事はしませんでした。
いや、できませんでした。
祖父江さんが講習会を開く所には出来る限り参加し、
まるで反抗期の子どもの様に
質問攻めにしました。
祖父江さんは困惑することもなく、
丁寧に私の言葉に耳を傾ける傍ら
子ども達を「小さい人」と呼び、小さい人を救えない国ニッポンと戦いました。
自分を警めながら当時のCAPNAは行政と、児童相談所、地域と戦っていました。
その姿はまるで、私のために戦ってくれていると錯覚するほど
私の行き場の無い心を満たしました。
師と仰いでいた祖父江さんが亡くなり
ぽっかりと穴のあいた私の心に
大きな課題が残りました。
このままでいいのか?
増え続ける子どもの虐待・死
経済の低迷と共に減っていくCAPNAへの寄付は
CAPNA存続の危機にまで及んでいます。
私の心の父が残した意志を
私はどう継承し
私に何ができるのか?
子どもを救うために今私にできる事は・・・

一番早い方法は・・・・

親

キーワードは
親

そこにまずは焦点を絞りたちあげました。
親との関係に悩んでいる事で、
子育てに悩み、自信を無くし、
行き場の無い思いを抱えている
ともすると、行き場の無い思いを子どもにぶつけてしまい悩んでいる
親達の心の居場所を作りました。
子育て真最中に、子育てモデルが無いなかでの子育てに
悩み・苦しんだ時あったらいいな、と思った場所。
作りました。
次回は、7月20日 PM 1:00~2:00です。
気になりましたら、参加してみて下さいね。
CAPNAのホームページです。見て下さい。

http://www.capna.jp/capna_rekishi.html