大阪への帰路に着いてますが…

新幹線に乗るのがギリギリ過ぎました(笑)

ただでさえあと五分で乗らなきゃ行けないのに、それで焦り切符の座席を良く見なかったのが全てのはじまり。

「あっ、9号車だ」と思い込み、ホームに出ると一番近い車両は16号車。
うわぁぁぁぁ、遠い!
と思いながらも、スーツケース引きながら一生懸命走る。
走れど走れど、たどり着かない…
新幹線って長い!(笑)

やっとついた!
そう思って座席の番号を見ると…

あれ?9番のC?
あれれ?

あ"ぁ…16号車だ…!

16号車の9番C席なのに、私は9号車だと思い込む(°_°)

残り時間1分!

急いでもと来た道を走る…

頭の中に流れるのは「負けないで、もう少し~最後まで~走り抜けて~」
そんな曲は流れなくてもいいので、とにかくたどり着きたい(笑)

結局運動してない私にとって、道のりは遠く、14車両目で中からゆっくりと歩きました←

やっとたどり着いた!!!

さて、スーツケースを上に上げないと…
よいしょっ!
あれ?
よいしょっ!!!
あれれ?

上がらない(°_°)

筋力が全くない私にとって、それのハードルは高かった(´・_・`)

1度休憩をし、今度そこは!
と、決意を決めた時に、親切な親切な方が手伝ってくれました!

ありがたい(>人<;)
助かりました!!!

そして、新たな決意が生まれました。

筋トレします!

運動もします!

ということを、今だに息切れしながら決意を決めていたところです。


朝早くから新幹線に乗り、電車の中でパソコン開いて、ひたすら原稿とにらめっこしながら東京に着きました。

今日は原宿でココカラファイン主催の薬学部5年生向け講演会です。

今までただ皆さんに自分の考えだったり、今まで経験してきた事や感じた事を講演で主に話していましたが、今回は薬学部生にむけてのメッセージという事もあり、かなり緊張しました。

なかなか生の患者の声って聞く事がないっと先日主治医に言われたので、今日は一がん患者として日々薬に対して感じた事、薬剤師に対する思いなどをメインに話しました。

久しぶりに緊張し、それがみんなにも伝わったようで、反省します!(´・ω・`)

講演後、事前に分かれていたテーブルで私と同年代の薬学部生と直接お話をしたり、質問に答えたりしました。こういう時間が一番好きなのかもしれません。
講演では私の話が一方通行に行きがちですが、お話をする事で、互いの意思疎通を図り、私もともに成長する事ができます。
とても有意義な時間を本当にありがとうございました。

今日は久しぶりに親戚の家です。
今から爆睡します~自分、お疲れ様でした!
おやすみなさ~い。

念願の富士登山~!

ここ何日かずっと富士五湖周辺をくるくるしているのにもかかわらず、一度も富士山を見ることなく…

恥ずかしがり屋の富士さんは、雨を理由にずっと雲の向こうに隠れたまま。

予報では今日の富士登山が1番イイ!となっていたため、本日朝一に富士山へ向かう(*'ω'*)

交通規制中のため、麓に車を止めて、バスに乗り換えていざ五合目へ!
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車窓風景でもうすでに景色の綺麗さにうっとり。

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五合目にて、富士山を見る!

準備体操をして、しっかりと体を鳴らすために一時間ほど五合目でブラブラしてから、いざ登山!

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最初から頂上まで行く予定ではなく、
とにかくゆっくりと、無理のない範囲で登山するつもり。

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八合目の白雲荘を過ぎ、元祖室を通り過ぎ、下山道へ!

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登る時よりも、下山の方が膝に来る(°_°)
綺麗な景色に癒されながら…

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今日は、ぐっすり眠れることでしょ~(*'ω'*)

来年は頂上まで登ります!


お盆休みの交通量をなめてました(ーー;)

渋滞が普通で、むしろスイスイ進むとめっちゃ喜びます。
変な感覚になってしまいます。

あいにく、天気にあまり恵まれず…
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霧と雨で、こんな視界の中の運転は怖かったです(°_°)
しかも、山路(°_°)

晴れ間に見える富士山🗻
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富士山だとわかり、テンションがかなり上がりました~(*'ω'*)


高原の風が気持ちぃぃ~
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山梨県っていいですね~
森林浴しながら、休憩挟みながら、
本日は4時間ほどのトレッキング。
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自然の中で癒され、体が洗われた気がします!

「余命宣告」という言葉について
調べてみました。余命の定義とは何か?
知っているようで、「説明して!」って言われちゃうと、口をつぐんでしまう。

実は私も最初の肝臓がんが分かったときに余命半年と言われましたが、それは巨大な肝腫瘍が外科手術で取り除いたのとともに”余命半年”も消えてなくなるものとばかり思っていました。
しかし、それが先日の診察で主治医に言われた事によると、外科手術で完全に取れたからといって、”余命半年”が消えて無くなった訳では無いそうです。
もちろん巨大な肝腫瘍がとれた方が長く生きれるのですが…
それでも危ないことにかわりはありません。

そこで気になり、余命の定義について調べてみました。

例えば、「余命半年」と言われると、それは…
100人の患者がいて、上から順番にちょうど真ん中である50番目に亡くなった方の期間を平均余命としている。

余命宣告定義
上記画像は http://www.gohongi-beauty.jp/blog/?p=3181 より引用。

なので、「余命半年」と言われて、1ヶ月後に亡くなる人も入れば、何年も生き続ける人もいる。

話を聞くだけでも
余命宣告された期間よりももっと、もっと長く生きた人がたくさんいます。
珍しいことでも何でもありません。

知り合いの中には、5年生存率が1%未満の方がいて、その方は5年すぎてなお今だに元気にすぎるくらいにバイタリティーが溢れすぎながら過ごしている方がいます。
全く余命やら、5年生存率1%未満やらを感じさせません。
(私もそうなるぞ!!!)

しかし、一方で余命宣告が仮に1年だとしても、それに怯えおののき、自暴自棄になり治療や食事等を取らずに余命1年よりも遥かに早く亡くなる方もいます。

余命宣告はあくまでも目安?同様の病状の方の中間値である。
それ以上でも以下でもない。

逆に、希少な病気の方ならば未知数である方もいるのかもしれない。

あまり深刻に考えない方がいいと思います。

では、余命宣告の意義はあるのか。
余命宣告しない方が患者に取っていいのでは無いだろうか。という意見ももちろん出てくると思います。
変に怯えさせることになるのではないだろうか。

世の中多種多様な考え方があるので、一概にこれがいい!と断定することはできません。

私は親を通じて知り、直接面と向かってされた訳ではない。
しかも、親がこそこそと話しているのを聞いてしまっただけであるので、すごい間接的にタイミング悪くしっちゃった感じです。

医者が本人に直接告知するのがいいのか、それとも患者の家族に告知するのかどうかを決めてもらうのがいいのか、どれが正解か私は未だにわかりませんが…

あくまでも私個人の意見ですが、
私は真実を知りたかったです。

完璧に隠すことは難しいので、どうしても隠す側(家族だったり医者だったり)に無理が生じます。1つのことを隠すためにたくさんの嘘で固めなければ行けません。
真実を必死に隠すあまり、どうしても怪しくなってしまいます。

私の場合、親の行動が明らかにおかしいので(嘘がつけないだけ…)絶対に何かがおかしい、本当のどころを知りたいと思っていました。
まあ、その日のうちに聞いちゃいましたが。

直接ではないものの、間接的に聞いて、「やっぱり!」っとそのときは妙に納得している自分がいました。本当のことを知って、「私に何が起こったの?」と不安がっていた分、少しほっとさえしました。

余命宣告されたからこそ、命に限りがあると感じ、今を懸命に生きることができています。

先日ある言葉がとても印象深く脳裏に焼き付いています。

「人生を楽しめないことほど、残念なことは無い」

その言葉は、余命宣告されたからこそより一層身にしみます。

私は余命宣告されて、今ある命の大切さ、時間の限りに気づくことができ、本当のことを知ることができ、よかったと思います。

しかし、余命宣告はあくまでも平均値であり、必ずしも誰にでも当てはまらないのです。
むしろきっちりと余命宣告で亡くなる方は1人だけ、一人の生きた期間が同様の方の余命期間となっている見方もあります。

それを心に止めて、あまり深く考えずに、今ある日々を懸命に過ごしたいです。