あの頃の私は
酷く自信に満ちていて
怖いものなんて何もなかった。
中学1年の私だ。
小学校の頃、1番仲の良かった友人がソフトボール部だった。
中学に入ってもソフトボールを続けると言っていた彼女とは、入学後別々のクラスになり、特段話をする間も無く、彼女はテニス部に入部していた。
そうとも知らず私はまんまと
やったこともないソフトボール部に入部していた。
その年立ち上がったばかりの弱小ソフトボール部は、小学生との練習試合で負けるほど弱かった。
部活のトレーニングではサボる方法ばかり覚えて、ランニングもろくにした記憶はない。
サッサー部の〇〇先輩がかっこいいと話題になれば、その先輩がやっていた謎のジャージスタイルが流行り、死ぬほどダサい中学一年生生活を送っていた。
上着でも何でもズボンにインして腰パン。
別の先輩からは、ヨレヨレの色あせたジャージをもらってうかれては、自慢げにそのダサすぎる姿を校内に見せびらかしていた。
私たちは好きなものに近づくために、毎日必死だった。
「ねぇひっちゃん、Aって何だか知ってる?」
『Aって何?』
「Aがキス、Bがペッティングで、Cがぁ〜〜」
小学校の頃じゃ想像もつかない大人のエトセトラを知ったのも、ちょうどこの頃だ。
近くの小学校4つが集まる、1学年6クラスほどの中学だったが、学区が少し違うくらいでこんなにも文化が違うのか!?と驚き、毎日沢山のことを別の小学校出身者たちから学んでいたのを強く覚えている。
友人の家でお泊まり会をした際には
下着をあさってパンツ投げをして遊んだ。
何ともくだらない遊びだ。
この遊びは、中学1年から高校3年まで続き、多くの友人を困らせることとなったが、そんなことをしても許してくれる友人と、それを見て腹を抱えて笑ってくれる友人らを見て、私はいつも嬉しかった。
思春期真っ只中の私は
相変わらず学校へ行くのは億劫で
ギリギリで教室に入るか、少し遅刻をするのが当たり前だった。
毎日決められた場所に行くことはあまり好きじゃなかった。
行きたくないなと思う日は
水銀の体温計を擦って37.3度くらいにして
学校を休んでいた。
これは小学生の頃からやっていたが、年に1、2回くらいしか使えない技なので、使い所はいつも悩んだ。
一度温度を上げすぎてとても怒られた記憶がある。
確かあの時は41度くらいまで上げてしまっただろうか。
何事もやりすぎは良くないということを学んだ瞬間だろう。
中学1年の冬。
学校では球技大会のため、放課後毎日練習をしていた。
確かバレーボールを選んでいたような気がするが、私の記憶が定かではない理由は、また次の機会に話すとしよう。
イベントごとは好きだったし
人と何かをやり遂げることも好きだった。
イベントがあれば1人じゃないし
協力してれば仲間がいた。
私の断片的な記憶は
複雑に行き来しながらあまりにも不安定で、景色も灰色すぎてよく見えない。
家族の話もしたいので、次の機会には家族の話もしたいと思う。
ただ私の記憶を語る上で
中学一年の私の日々は
おそらく他の記憶より鮮明な部分が多いため
第一話にこれを記した。
あの頃の私は
無駄に自信があった。
声も大きかった。
友達も沢山いた。
いじめられてる子がいたら助けたし
いつも楽しく時を過ごしていた。
死ぬほどダサすぎるあの頃の私。
眩しいほどキラキラしていた頃の私。