
実は元夫トミオはお金の計算が超苦手。
彼の親友がローマで展覧会をしたので、
写真を撮る為に同伴しここに永住or永眠?
他の友人は皆帰ってしまった。
トミオだけホテル代が払えなくなって、
ずっと住み続けたそうな。
近所の骨董品屋のおじさん達が、
「あのホテルのオーナーはマフィアだから、
そのうちテレベ川に浮かぶ運命になるぞ」と
警告してたらしい。
トミオははやく
ニューヨークに帰りたいけど
動けない。。
ある日、おじさん達が、
「フェリーニの新しい映画のオーディション
があるから行ってみて、
もし雇われたら、
一日150ドルは最低もらえるぞ。」と助け舟。
フェリーニの晩年の傑作、「そして船が行く」という映画の件でした。
1982年のことです。
切羽詰まってトミオは
オーディションの日に出かけました。
そこには2000人くらいの人が列を作って
フェリーニのインタヴューを
受けに来ていました。
トミオは例のステテコ姿で、
後ろの方に並んでいたけど、
待っている人たちの姿を
写真に収めようと列を離れ、
パチパチ、パチパチ
ニコニコしながら撮り始めた。

フェリーニがその姿を目にして、
「そこの君、ちょっとここに来なさい。」と
呼ばれたので、
トミオは(きっとトミオはフェリーニを知らなかったかも)
キョトンと呼ばれたままに。
「君を採用する。」と即座に言われた。
トミオはその素晴らしいチャンスの
意味をわかってなかったんだ。
俳優としてのデビューだったのに!
雇われれば、
マフィアから解放される
しか考えてなかった。
私たちが出会ったのは、
トミオは首を長くして
映画の撮影の
連絡を待っていた時でした。
「なかなか映画が始まらなく、
もう待てない。早くニューヨークに帰りたい。」
その時結婚を考えていましたが、
トミオがお金を貸してほしい、と
ボルゲーゼ公園の中で私に頼んだことを
思い出します。
今だったら、夫を甘やかさないですが(苦笑)
その時は、迷いました。
マフィアに首を預けるのは、
かわいそうだなあ、と。

もし私がお金を貸さなければ、
トミオはフェリーニの映画に出演していたし、
(他に選択はなかった)
その映画のニュアンスも、
少しは違っていたかも。
トミオは東洋人で
すごくユニークだから。
映画が上映されて
皆で見に行きましたが、
どこにも日本人の男は
出てこなかった。
映画のストーリーは、
偉大なオペラ歌手の遺灰と共に船は出る。
不思議な旅の始まり。
欧州大戦の頃の奇妙な貴族、政治家、
音楽家らの豪華船内の毎日。
フェリーニの人々の性格描写が
独特で興味深いのですが、
友人一同まったく想像がつかないのが、
一体どこにフェリーニは
トミオを使おうとしたのだろう?????
考えつくのは、檻にいたサイくらい。。。?!
私の一生の不覚です。。
婚約者にお金を貸してはいけません。(苦笑)
読んでくださり、まことにありがとうございました。
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