ニシダヒロコの脱皮ライフ

ニシダヒロコの脱皮ライフ

幼少の頃から冒険が大好きで、いつの間にか世界に旅立ち、波乱万丈な人生を送ってきた。はみ出ても失敗しても大丈夫。すべては自分を脱皮させる貴重な体験です。ここは皆様とご一緒に 個性と自由と世の中との調和を考える場。

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今日はお日さまが当たり、春ウラウラの気候でした。

昨日友人が写真をとって送ってくれました
車いすの鉛筆画です。


この素描は、上海のある画廊に4-5年前に
地震のあった中国に寄付として贈った物でした。

でも上海の画廊には旅立たなかったものです。苦笑


その画廊と仕事をしていた友人がこの素描を気に入り、
直接画廊から譲り受けることにしたのだそうです。


美術家としては上海に着かなくて残念でしたが、
作品は作家の手元から離れたら、
どこに行くか、わからないです。


私はどうしてこの作品を上海に贈ったかというと、
私の愛する中国人の親友の車いすの素描だからです。


今日は劇的な人生を送ってきた彼女の話をしたいと思います。


父は中国人の軍人で、台湾に移り、
賄賂の疑いで、監獄に入れられました。
母は慈愛の深い台湾人でした。

生後9ヶ月でポリオのワクチンの服用からポリオに感染しました。
父が監獄に入っている間、母は古本屋をしながら
彼女を育てましたが、若くして亡くなりました。

その後父も家に帰りましたが、間もなく亡くなりました。
そして億万長者だが極端に吝嗇な祖父の家で育ちました。


両足はギブスをはめ、そのギブスは短ブーツとつながっています。
そしてアルミ製の松葉杖を持っています。


その姿で、どこにでも行きました。
階段だって松葉杖を両手にもって、走る様に歩きました。

詩人であり、作家ですが、生きて行く為に
今でも裁判所の通訳をしています。

その姿は格好が良く、魅力的です。


いつも冗談をとばしている、ユーモアの溢れた人。
勇気があり、まっすぐな性格の立派な人です。


哲学の勉強をしに、アメリカ、オハイオの大学院に入り、
学位をとった後、ニューヨークが気に入り
一人で移ってきました。


私はそこで彼女と知り合いました。
劇的な出会いでした。

私は彼女からたくさんのことを学びました。
話しだすとお互い止まらないので、
二晩寝ずに話した事もあります。


人と違うから、一から全て自分の頭で答えを
ださないといけない、と真剣に生きてきました。

すべてにおいて、彼女独自の考えがありました。


ハンディキャップがかわいそうだ、と考えるのは、
まったくの考え違いだということを
彼女のお陰で若い時に学ぶ事が出来ました。


もし誰かがポリオを治して上げる、といっても
絶対お断りする、といつも言っていました。

身体の不自由さであるがゆえに
学べることがあるのだ、と言っていました。
それは彼女のアイデンティティーの
強い柱になっていたのだと思います。

中国の哲学と西洋の哲学を徹底的に学んだ彼女。
彼女の見解は海のように広く、深いものです。


今どうしているのかなあ、と
この車いすの素描を見ながら、昔をなつかしく思います。

読んでくださり、ありがとうございました。