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Hiroki0929のブログ

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もう2012年になって半分が過ぎた。



今日は久しぶりにゆっくりできたので、最近少し区切りの良いタイミングで、また新たな想いが加わったので、自分の頭を整理するために、書き残そうと思う。

 



先週は色々忙し過ぎてさすがに死にそうになった。



会社の展示会とセミナー公演を10日間で展示内容・プレゼン内容・カタログ・チラシ・装飾品など何から何まで全て1人で準備する必要があり、その中で、以前からもうすぐ時期だと言われていたおじいちゃんが展示会直前で亡くなり、寝る時間がほとんどなかった。



展示会を無事成功でおさめることができ、その足で御通屋と御葬式を行なった。



おじいちゃんは、90歳以上も生きてくれて、死後硬直もせずにいわゆる安楽死してくれた可能性が高い。

お医者さんからはもうすぐと言うことも聞かされていたので、その前に出来るだけおじいちゃんに会いに行っていた。



だから、御葬式では、後悔はなく、悲しいという気持ちよりも感謝の気持ちが大きかったので、自分が涙を流すなど思ってもみなかったし、思ったより晴れ晴れとした気持ちで当日を迎えた。




でも、その日は、自分にとって大事な一日となった。






御葬式が終わり、火葬場で最後のおじいちゃんを見送ってた後、帰りのバスで、ずっと、昔のおじいちゃんを思い出していた。



幼い頃は、おじいちゃんは、子供のときによく怒られていて、厳しかったイメージしかなかった。



でも、その日は違った。

色んなおじいちゃんを思い出していた。



おじいちゃんは畑仕事が大の大好きで、70歳の定年で仕事を辞めてからも、ずっと毎日、朝から晩までヘトヘトになるまでずっと畑へ出て色んなことをしていた。

おじいちゃんは本当に頑固で、子供のようなわがままな時もあり、一度言ったら誰も止めることが出来なかった。

おじいちゃんはとても真面目だったし、決して自分を曲げるようなことはしなかったし、絶対に人を裏切らなかった。そして、下手くそだけど世話好きなのもわかるし、何よりも責任感が非常に強い人だった。






幼い頃のおじいちゃんとの思い出。

小さいながらも見ていたおじいちゃんの背中。

色んな人から聞いたおじいちゃんのエピソード。




大人になって、社会人になって、こうしてゆっくりおじいちゃんのことを考えるのは初めてだったかもしれない。





そうすると、初めて気づいた。



良くも悪くも、

「今の親父や自分にそっくりだ。」



おじいちゃんから親父、親父から自分へと面白いほど受け継がれている。



これは、今の自分になら理解できる。


学生の頃も気づいていたかもしれないが、そんなことに気に留めて考えたことがなかった。


社会人になって、仕事のこと・会社のこと・世の中のこと・お金のことなど、色んなことを知ることができた。


そして、社会人になってからは、今までよりも少し広い視野で、自分はどういう人間かということを常に考えて働いてきた。



自分の将来についてもずっと考えていた。



特に去年は仕事の転機でもあって、自分という人間についてずっと見つめ続けた。



 

そして、ようやく自分という人間がどんな人間かが、少しわかった。



 

そんな今の自分が、おじいちゃんのことを振り返り、

今の自分があるのは「おじいちゃんのおかげだった」ということが気づけた。



感謝の気持ちでいっぱいになった。

そして、胸がジーンとして、目尻が熱くなった。



一人帰りのマイクロバスで、ずっと黙ったまま外を見つめていた。




 



式場に戻り、昼食の時間になった。


昼食の前に、親族のみんなへのお礼の挨拶のために、喪主である親父が皆の前で少し話した。

最初に参加してもらったお礼を言った後、今までのおじいちゃんの状況を話した。

最後に、親父のおじいちゃんへの想いの話があった。



おじいちゃんのおじいさんは県議会の選挙に出まくっていて、名誉のために莫大な借金を作った。

(昔のうちの家は結構名門だったみたいだ)

それが何十年も続いたが、もちろんそれがずっと続くわけがなく、戦後にみんなが平等になり、莫大な借金だけが残った。


それをおじいちゃんの父とおじいちゃんで、熱心に朝も夜も真面目にずっと、ずっと働き続けてくれた。


朝から晩まで働き、その後に夜中の見回りまでやっていた。

月~土までずっと会社で泊り込みで働き、土曜の夜にやっと帰ってくる。

会社の会長には気に入られていたみたいで、あだ名は「まめタンク」。

豆のように小さいけど、タンクを積んでいるかのように良く働くから。

定年した時の退職金はおばあちゃんの反対を押し切って、全て町のお寺に寄付。



定年後に打ち込んだ畑仕事で出来た野菜も、色んな人に配ってあげていた。

80歳になっても朝日が上がる頃から畑へ行き、夜暗くなるまで帰ってこなかった。






途中から親父の声が震え始めた。




「その、背中を、ずっと、見て、育った。」



「今の自分があるのは、本当に亡き父のおかげだ。」




親父が号泣し、声を荒らげて言った。






そして、その話を聞いた途端、


さっき帰りのバスで考えていたおじいちゃんのこと、


自分も母親がいなくなって家で色んな苦労や辛い思いをしてきたこと、


色んなことが頭の中で駆け巡り、自分も止まらないほど涙を流してしまった。






親父は泣きながら続けた。



「だから、父には心から感謝している。」


「もっともっと楽させてあげたかった。」


「もっともっと良くしてあげたかった。」




親父があれだけ泣いたのを見たのは、おそらく自分が覚えている限り人生で初めだった。


そして、自分も20歳以来5年振りに涙を流した。


涙を流したどころではない。大泣きした。




今まで想いが全て涙として溢れ出てきた感じがした。



 



その後、落ち着くまで少し時間がかかった。



でも、落ち着いてからははっきりとわかった。





おじいちゃんがいたから、今の親父がある。


今の親父があるから、今の自分がある。



過去自分の先祖は色んなことがあって、色んな想いが詰まっている。




それを親父が引き継いでいる。


その親父の背中を自分はずっと見てきている。



今度は自分が引き継ぐ番だ。



その準備を出来るだけ早くしなければいけない。


去年で自分のことを知ることができ、大きく変化することができた。



あとは、しっかりと結果を出すだけだ。




 

世の中でたった一人、自分が尊敬している親父に、

早く親孝行がしたい。





 


その日、おじいちゃんの想いが自分の背中に乗った感じが少しした。