なんとかなるもんですよ!

世の中は。


今、

台風でみなさんが天気予報をみながらね、

いろいろと対策を考え中。


いや、

そこで

マイペンライ・・

はて?

何処の言葉だったかしらん?



そうそう、

“島耕作”

の漫画。


で、

でてきた言葉。

確かタイ語だったかな?


ノープロブレムという英語

ワタシャ詳しくはワカリマセン!英語は。


だけど使っちゃうんだよな。

ピーナと話すときにはね、

自然に何度も使っちゃう。


だけれども、

マイペンライという言葉は一度も喋った事がない、

しかし、

今までの人生の中で、

何度も頭の中で思いだしているんですよね

この言葉を。


頭を抱えるような問題の中で。


私がつぶやく言葉・・・

“問題がない!”という意味、

これだけは漫画の中で知り、

インプットされてるんよ。


それでタイトル。

今年も何度か台風がやって来ました。

以前には、

”未曾有の勢力を持った台風”

だけれども結果は拍子抜け。


でもそれで良いんですよね、

大きな被害が出なかったのだから。


先日の御嶽山の噴火なんか

想定外?の出来事。

沢山の被害者の方には

こんな引用をしてすみません、

黙祷・・・


今夜の台風もでかそう、

だけれども気にしてもしかたがない。


しっかりと睡眠導入剤を飲んで眠りましょうかね。


自分でも睡眠薬・・

薬物の依存性をなくそうと、

自然に眠ろうと努力はしているんです。


それが先日

少な目の晩酌で、

テレビのオフタイマーをいれて

眠りに就けた・・

それが11時頃に鬼子の電話で起こされた・・


昨夜は10時頃に眠っていたけれども

12時前に再び眼が醒めて眠れない・・


結局眠剤を2錠とカップ一杯のお酒。

そう!

ヌードルもね。


メタボになるはずジャ!


今夜も再挑戦。

眠剤ナシで眠ろうか?

BSの“御家人斬九郎”

でも視ながらね。


しかし徐々に強くなる風の音、

やはり眠剤を飲みましょうかね?


私の天敵、
50歳頃までは“赤い旗”・・

それが今の天敵は?
畑の天敵、
猫とボケバぁさん。

長女の家の畑の天敵は長女が飼っている
バカ!猫達!!
種を撒いたり苗を植えたところをほじくり返すわ、
大きな豚足でのっしノッシと踏みつける。
とどのつまりは大きなウンチを・・・

今年の夏場なんかは、
キュウリのネットにがんじがらめに絡まって動けない
ブタ猫。
そのままほっぽらかしてやろうか?
とも思ったがそうもいかない。
当然、
花が咲き実をつけた苗もグシャグシャ。

方や、
我が家のほうの畑の天敵は?

5月の終わりか6月の始めだったでしょうかね?
物凄く長くて立派な夏大根。
たしか、
ブログでもアップしました、
“こんなに長い夏大根”

その二日ほども経った日曜日の夕方。
カミさんの大きな声、
「バァちゃん! 何をしとんの~?!」

なんと無残な畑・・・
夏大根の葉っぱをすべてノコギリを振り回して
切り取っている。

昨年もキュウリや茄子をやられた・・

今年もすでに茄子を一回やられた。

それで畑の周りをキュウリネットを
張り巡らしたんよね。
天敵が畑に入って来れないようにね。

それが昨日の朝、
6時半頃でしょうかね?
私が台所でサンドイッチを作っていた。

カミさんは洗濯モノを干しに庭に出た。
大きな声で、
「お父ちゃん!!
アンタが云わな、
私の言う事をきかへん!!
又、畑に入ッとるで。」

畑に出ると、
ボケばァさんがナスを両手に持って
ギョロリと眼を剝いている。

ネットを張り巡らしているはずなのに。
いったい何処から入った?

それが又薄暗くなりかけた夕方、
デイサービスから帰ってきてからの事。

調子が悪い井戸ポンプを見に行き
畑を見ると。
先ほどまで落ち葉集めをしていた
呆けばァちゃんが畑にいて
茄子を手にしている。

ところが
手にしている茄子だけではない、
そばにあったプランターには山盛りの茄子。

大きなモノもチッチャイものもお構いなし。
それもキチンと鋏で切ってくれれば良いのだが
引きちぎっているんよ。
茄子の木のダメージが酷い事。

バァさんの台所は火の気もなく
調理器具も置いてはいない。
自分が食べた食器も洗わなければ
洗濯も一切しようとしない。
ディサービスで風呂に入れてもらい
持って帰ったウンチまみれの着替えの下着も・・・
カミさんが手洗いをしてから
洗濯機にかけるのだ。

要するに何も出来ない、
する気もない。
今はこんな言葉は使わないが
レッキとした痴呆状態デス。

それで、
「その茄子をいったいどうするんや?」
と聞くと、
「アンタらが何もせえへんから
私がするんや!」
と逆切れ状態。

「料理もできんのにどうやって食べる?」

「漬物にする!」
と云う。

ウチのばぁさん、
外でばかり仕事をして今まで漬物なんぞ
漬けた事が無い、
息子の私が言うのだから間違いは無い。

いつもバァさんの夕食は私が5品作る、
昨日もほとんど用意をしていた。

しかしメニューを急遽変更。
茄子の醤油油炒めに揚げ浸し、
細い綺麗なナスを塩もみ、
そして具沢山の豚汁。

今朝の朝食は茄子が半分ほども入った
スパゲテイ。
昼食はマーボー茄子の丼でも・・

「もう茄子は嫌いや!」
というくらいにね。

それで今朝から今一度、
畑の周りのネットを厳重に張りめぐらせました。

だけど、
これも老人虐待になるんかしらん?

台湾旅行の4日目。
昨年と同じくエリーは朝の7時頃に
職場に戻って行く。

私の帰国便は桃園空港発18時30分。
関空に着くのは22時10分(時差一時間)。

花蓮から台北の松山空港までは国内線。
花蓮発10時だから時間には余裕がある。

エリーを送り出してから一眠り。

宿をチェックアウトしたのは8時半頃。
タクシーを呼んでもらい
花蓮空港に着いたのは9時前。

来た時と同じ
トランスアジア復興航空のプロペラ機。

そして松山(チョンサン)空港を出たのが
11時前。
やはり暑い・・・連日34度。

台北駅から桃園国際空港までは
45分ほどの高速バスだから、
5時間ほども観光をする余裕がある。

MRTやバスを使って移動をするのが安上がりなのだが
煩雑でタクシーのほうが簡単。

台湾のタクシーの初乗り運賃は
70\(NT$)日本円で250円、
だからよほどの距離でなければ
日本円で500円程度だ。

時間も無駄がなく使えるし、
フィリピンのように
“メーターを倒さない”
というような事はありえない。

そして、
ガイドブックを見せるか
メモに行き先の漢字を書けば事が足りるのだ。

まず行った先は“忠烈祠”


日本の統治時代には護国神社があったらしい。
今は台湾の戦没者が祀られている。
ここでの見ものは
“衛兵の交代式”

一時間ごとに衛兵が交代をする。
と云うので20分ほども待ちましたが
暑い事。
その間見ていたが衛兵は微動だにしない・・



次いで行った先は中正紀念堂


中華民国の元総統、
蒋介石を忍んで建てられた記念堂らしい。
ここでも衛兵の交代式があるのだが
先ほど見たのと同じようなので、
ここからほど近い
総統府まで行く事にした。

台湾総督府

台湾総督府まで歩いて行く!
地図ではスグ近く・・
なはずが、
結構距離がありました。

この日も34度の暑い中、
汗まみれ。

その甲斐もなく・・

ガイドブックには書いていなかった。
いや、
よく読まなかったのか?
公開されているのは平日の午前中だけ。

それも通りがかった人に聞いたのだが、
「予約が必要らしいですよ」
なんてね。

グル~と建物の周りを回っただけ・・
それも怪しがられてね、
総統府の周囲には数え切れないほどの
憲兵? 
日本の公安?のような感じの
私服の若い軍人らしき人が沢山。

私が通り過ぎる度に
無線機でもって連絡をしていた。
“怪しい人”にみられたのでしょう。

ここから台北駅に行き、
コインロッカーに預けていた荷物を出す。
昨年は空港の免税店で
高いお土産を買ったのだが不評だった、
それで今回はスーパーで同じような品を買っていたのだ。

そして隣接するバスターミナルに。

窓口で“桃園機場行き”
のチケットを買い、
乗車待ちの列に並ぶ。

バスの車中では不覚にも眠りこけました、
暑さの中でよほど疲れていたのでしょうね。

空港についたのは17時頃、
フライトまでには一時間半もある。

簡単な夕食を済ませて
早めに出国ゲートをくぐり、
搭乗口のロビーで眠りに就く。

そして寝ぼけまなこで機中の人に・・
関空に着いたのは21時10分。
ここで時計を一時間進めて
日本時間が22時10分。

台湾で使っていたシムカードを
フォーマカードに入れ替えると
電話のほうは自動で時間調整。

関空を出ると夜風が心地よい、
やはり日本人には日本の気候。

関空からは神戸行きのベイシャトル。
神戸空港は何日車を駐車しても
無料ですからね、
直接関空に行くよりも安上がり。

神戸空港から我が家まで一時間。
楽しい旅が終わっちゃいました・・
 終わり

 

 

 

 

いくつかある花蓮の夜市の中で
一番規模が大きな
“自強夜市”。
高雄にも同じ名の夜市があるんですね。

テレビで視る
タイなんかの屋台とも違う、
又、日本の屋台とも違う・・
どちらかと言えば福岡のラーメン屋台のような
常設屋台です。
ドギツイ派手ハデの看板や電飾が眼をひきますがね。

台湾では一般家庭で夕食の支度をせずに
夜市で夕食をすませる家庭が多いそうな。

食材を買い、
冷蔵庫にストックして料理をするより
夜市で夕食をすませるほうが
手間もかからず安上がりなのだ。

それに間違いなく美味しいし
家族が多ければ多いほど色んな品数を
食べる事ができるしね。

宿から少し離れているのでタクシーに乗り、
夜市に着いたのが7時過ぎ頃。

屋台街の入り口でしばし待つ事10分くらいで
やって来たのがエリーの友達のローズ。

彼女も子供をルソンに残しての出稼ぎ。
エリーと同じように介護施設で働いている。
どうやら同じオーナーの施設らしい。

前夜、
チュウフンで「友達も夕食に誘っても良いか?」
とスマホの画像を見せられていた。

花蓮の自強夜市は70軒ほどもあるらしい。
入り口近くには
子供がゲームをするような屋台もある。

とりあえず屋台街を見て回る。
が、
凄い人出だ、
今夜は仲秋節で
家でバーベキューをしているはずなのに。

そして一軒々、
違う匂いが漂ってくる。
今夜は何を食べようか?・・・・

それにしてもありとあらゆる食材が積まれている。

「ニホンのスシ!」
とエリーが声をあげる。
ショーケースの中に氷、
その上に捌かれたサクが並べられている、
確かに握り寿司の屋台だ。

だが、
日本人ならば夜になっても30度近くもある
こんな所で生の握り寿司を食べる気にはならない。

少し進めば凄い行列、
その先を見ると電光掲示板。
102とある、
ミニッツとも書いてある、
102分待ちと言う事。
焼肉串・・

肉やら魚介類やら
野菜やらが串に刺されて並べられている。

客は順番が来ると
好みの食材をトレイにいれて料金を支払い、
番号札をもらう。
そして焼きあがるまでに100分近くも待つ。

とても日本人の感覚では無理・・・

凄く美味しいらしいのだが、
私からみれば只の炭火焼き・・

そうかと思えば、
同じ炭火焼きでも空いている店もある。

大きな海老が串に刺され、
かたわらには大きな牡蠣や烏賊、魚。
ところが値段がとんでもなく高い、
他の店が安いからそう思うのかもしれないが。
高級店というイメージでしょかね?

それにしても何故か上半身が裸・・
綺麗なタトーを入れたイケメンが焼いている、
少しショー的なところがあるのだ。

小ぶりの牡蠣を炒めてお好み焼き?
いや、チジミのような焼き物。

おでんの店もある、
日本語で“関東煮”とも書いている・

鳥の丸焼き、
照り焼き?
体形がほっそりとしているので鶏ではない
ガチョウかアヒルか?・・

官財板、
見た目はちょっと厚めのトーストをくり抜き、
なにやらの料理が詰められている。

タニシのような品を売る店、
果物を並べてフレッシュジュース。
ステーキの店もあった。

ほとんどの店が驚くほど安いのは間違いない。

とにかく色んな食べ物が集まっている。

匂いだけを嗅いで屋台を回り、
彼女達が選び落ち着いたのは火鍋屋。

“このクソ暑いのに、
鍋・・・”
ただでさえ汗だくなのに鍋。

暑い国の人達の感覚にはついていけない。
日本人ならば鍋は冬だろうが!!

結局、
香辛料は控えめのスープにしましたがね、
汗だくで食べる鍋もまぁまぁでした・・

そして花蓮の夜は更けてゆく・

面白くなくても
“つづく”

九份の夜景、
オーシャンビューを堪能して眠りに就く。

あくる朝、
霧がかかった港の景色を山の上目線で見、
遅めの朝食。
サンドなのだがハムでもカツでも卵でもない。
なんという料理なんでしょうかね?
台湾料理なんでしょうね、
炒めモノをサンドゥイッチにしているのですがね、
ピリッとしているけど韓国風の辛さでもない
優しい感じ。
台湾のお茶は私は駄目です、
食事の時のお茶。
あの甘さは苦手ですね、
日本の甘茶のようなものじゃない
薬草の匂いのような・・がね。

台湾の御茶屋さんのお茶は別です
アレは物凄く美味しい・・デス。

九份からバスに乗り
瑞芳駅に戻る。

花蓮までの“自強号”のチケットは
一昨夜に宿のオーナーに頼み、
ネットで予約をしてコンビニで支払い済みだ。
が、
乗車時刻は13時41分。
駅に着いたのが九時頃だ、
4時間以上も時間がある。
と云ってガイドブックで調べても
瑞芳での観光地はそんなにない。

駄目もとで
駅の窓口に行き、
メモに
“次発 自強号”
“早発 自強号”と書き、
切符と一緒に差し出して
「チェンジ OK]と聞く。

50代くらいの駅員さんがパソコンのモニターを覗き。
メモに“9時36分 自強”
と書いてみせてくれる。
「OK!」 と云うと
チケットを交換してくれた。
この時間の“自強号”は
一昨夜に検索をした折には満席だったのだが
キャンセルがでたらしい。

あとで花蓮の宿のオーナーに聞いた話では、
台湾の列車のチケットは支払いまでに
二日間ほどの余裕があるらしく、
人気路線の切符を大手の旅行社が押さえていて
売れなければキャンセルをする。
予約とキャンセルの繰り返しで、
ホントウに必要な人が
チケットを予約できない現象が起きていて今、
政府でも「キャンセルを3回した人には予約をさせない」
というような法案が検討されているそうな。

そして間もなく乗った“自強号”は旧車。
料金は同じだが、
日本製の振り子式電車はタロコ号と普悠馬、
そして古い型の電車もある。
同じ特急なのだが前日に乗った普悠馬号の
所要時間は1時間45分、
かたや旧車は2時間20分前後。
日本では考えられない差なのだ。

そして花蓮に戻り着いたのはお昼過ぎ。
宿のチェックインは3時なのだが
前日から荷物も預けたまま。
そこで一旦宿に行き荷物を預けて花蓮観光。

昼ご飯を食べてから 阿美文化村に行き、
海浜公園などを散策。
が、暑い!!
34度で湿気が物凄い。
サウナにいるような感覚。
2時間も屋外にいると完全にグロッキー・・

宿のチェックイン時間の3時を待ちかねて、
宿に戻り休息。
この頃には、
アチコチで仲秋節のバーベキューが始まっていた。

宿のオーナーが、
「私のところでもバーベキューをしますが
一緒にいかがですか?」
と誘ってくれたが、
「ツレが友達と夕食の約束をしていますので」
と丁重にお断りをして2時間ほど
グッスリと眠る・・

そして暗くなった7時前頃に
“自強夜市”に行く。

凄いところです台北の士林夜市と比べれば
規模は小さいですがね。
是非ネットで調べてください。
そのまんまデス。

今日は彼岸の入り、
土曜日なのでお墓参りに行く人も多いと思う。

私も昨日、
お墓に花をたててきました。

彼岸、彼岸の中日、
彼岸の終わりは26日・・
なんて事を。

ふと思い出しました。
中秋の名月・・

先日台湾に行っていた時の事を。
宿のオーナーから、
「月餅はいかがですか?
各家によっていろんな味のゲッペイ(ユエピン)
を作り隣近所におすそ分けをするんですよ。」
日本ではお月見、
月見団子ですね。
同じような風習なんでしょう。

ちょうど九份に行った日が中秋の名月、
台湾では中秋節という風習。

アチコチの家の庭先でバーベキューを見かけました。
何故?
単に気候が良いからかな?
だけど台湾は暑い、
気候は関係が無い。
それがどこもかしこもバーベキュー。

台湾日記は途中ですが、
このあと再びいつもの花蓮の宿に戻るんです。

ところが花蓮でもマダ日が明るいうちから
家の軒先やガレージでバーベキュー???

そして宿のオーナー(神戸出身の日本人)
曰く、
「何故だか台湾では中秋にバーベキューを
するんです。
意味は解らないのですが、
ウチも今夜はバーベキューですよ、
ご一緒にいかがですか?」

この夜は夜市に行く予定だったので
固辞をしましたがね。

バーベキューをやっている台湾の人達も、
何故なのかをご存知ない・・

それで先ほどちょっと調べてみました。
ちょっとした事が気になるのですよ
ワタクシは(杉下右京の真似)

解りました。
日本の節分の巻き寿司と同じようなモノでした。

20年ほど前に台湾の“焼肉のたれメーカー”が
中秋節のお祝いは“バーベキューを”
なんてコマーシャルを大々的に流したそうです。

それが20年経った今、
あたりまえのような行事になったらしい・・

それにしても凄いですよ台湾のバーベキューは。
日本なら広い庭で、
許可されている河川敷きやら公園、
野山ですが、
道路沿いの狭いところで
ほとんどの家がバーベキュー・・
中秋の頃に台湾へ行かれた方は見かけられたはずです。
ところ変わればですね。 

姿を、
画像をお見せいたしました。

 

1 ■無題

良い事は 生きてる内に。。。。。ね!!!
生きてるって事は 素晴らしい事です 
 頑張って~~~え~~~こんなこと言うと 叱られるね!!
だけど>>>気持ちはよ~~~~く 解りますよ~~~。。。。

トンコ 2014-09-19 21:28:07  >>このコメントに返信 
  

2 ■Re:無題

トンコさんコンバンワ(≡^∇^≡)
お元気そうで何より・・
だけれども闘病生活が大変、
だからこそ“生きているだけでもうけもん”です。
お体をいたわりながら頑張ってくださいね(●´ω`●)ゞ

閻魔様に嫌われたオッサン 2014-09-19 22:00:39  >>このコメントに返信 
  

3 ■桃源郷って

台湾に逢ったんですねぇ~

うふ♪(* ̄ー ̄)v

ほしのゆびわ 2014-09-19 22:08:22  >>このコメントに返信 
  

4 ■Re:桃源郷って

ほしのゆびわさんコンバンワ(=⌒▽⌒=)
そうです!大陸じゃなく島です。
本当は南の島・・(///∇//)

閻魔様に嫌われたオッサン 2014-09-19 22:13:14  >>このコメントに返信

限定記事なんでこの時間をもって削除いたします。
がコメントを頂いた、
麗しの熟女様方へのコメント返しをコチラに・ 

日本の四季・・
今日なんかは少し暖かめの日中、
そして上着を着て丁度良い夕方。
好いですね改めて思います。

さて、
in 台湾
二日目は花蓮駅発 14時20分の“自強号”
普悠馬という綺麗な車体の特急です。
シート番号が6と8・・
離れた席かと思えばペアー席。
所変われば、ですかね?

エリーは10年台湾に住むが
ホリデーで旅行は初めて。
もう43歳でグランマなのに少々はしゃぎ過ぎ。
私は疲れでグッスリと・・

二時間弱で瑞芳(レイファン)駅に到着。
駅前広場には沢山の人達。
やはり日本とは違う異国情緒がある。
聞こえてくる言葉や看板の
旧字体漢字だけのせいでもない。
なんとなく空気が違う・・・
しかし嫌な違和感ではない。

ここ瑞芳から九份(チュウフン)まではバスで15分ほど。
基隆から来る金瓜石行きのバスで
15分ほどおきにひっきりなしに走っている。
奇しくも15という数字、
バスの運賃も15NT$(日本円で53円)。
台湾の車は右側通行なので駅前広場にある
バス停留所は九份から来る反対方向のバス。

左方向に5分ほど歩くと警察署があり、
隣の公園のような広場にバスストップがあった。

待つほどもなくバスが来て運よく座る事ができた。
バスは九份に向けて走るが
車窓も絶景。

「こんな道ですれ違いが出来るの?」
というようなカーブでも大型バス同士が
スピードも落とさずに行き違う。

九份の停留所に到着するとほとんどの乗客が降りた。
少し上り坂を上がると“セブンイレブン”
これが九份観光の目印みたいなものだ。

九份観光は基山路と賢崎路の狭い起伏のある路。
この二つの路地(この形容が合っていると思う)
が、九份観光のメインロード。

辿り着いたのが6時前頃でしょかね、
ガイドブックに載っているような雰囲気は未だに無い。

そして予約をいれていた宿に連絡をして
迎えにきてもらいました。

セブンイレブンから基山路に入り、
人ごみの中少し入ったところを左の路地に。
坂道を少し登ったところの宿にチェックイン。
部屋のキーをもらって室内に。
カーテンを開けるとオーシャンビュー!!
黄昏の九份、
私は実物は知らぬがエーゲ海・・・
の、ような・景色らしい・
だが、絶景は確か。だ。

そして一休みしてから宿を出て
あった!!
“千と千尋の神隠し”の湯バアバの宿のような、
赤い提灯が沢山ぶら下がり、
同じような建物が。
雰囲気も同じ・・

 

どころかこちらのチュウフンのほうが
はるかに幻想的。
それにも増して中国語の呼び込みの声に混じり
いろんな国の言葉が聞こえてくる。

らこワールドのような世界。
犬 猫 雉? 猿 豚 牛 
え~っとそれから・・
とにかく異次元の世界。

だけれども行きかう人達のなか、
いろんな国の女性にだけ眼を奪われるのは私だけ?
私の目線を追って体をツネルのはエリー・・

まぁ、眼福 眼の保養・・

そして歩き回って行き着いた所、
眼下に広がる九份の夜景。


私の子供の頃、
神戸を見下ろす六甲山からの夜景を
100万$の夜景と称していたが、
九份の夜景はハウマッチ?
今のところ公開できるのはコレだけ
 
デス。
ネットで調べてくださいね。

昼の暑さの汗を流して
カミさんとの晩酌を済ませて、
床に横になる。

我が地方の局の火曜日の8時は
鬼平。
土曜日のフーテンの寅さんと、
この中村吉右衛門の鬼平は必ず私は観る。

昼の暑さに堪え網戸で窓を全開。

なんと心地よい夜風。

晩酌で少し火照ったからだに優しい涼しさ。
四季の夜風の中でも一番心地よい。
このまま寝入ってしまうと風邪をひいちゃいますけどね。

ワタシャ田舎育ちだけれども虫の名には疎い。
らこちゃんのリンリンと啼く虫、
ガシャがしゃ・・・き~ん きん。
三重奏どころか五重奏?
賑やかなもんです。

「こりゃぁ、気持ちがいいんだわ。」
なんて、たぬきさんのキンちゃんの言葉がでてきそう・・

台湾日記の続きを書こうかなと思っていたけれど、
今夜はやめました。
だってアチラは夜も熱帯夜。
今日も結構動きまわったので
このまま気分良く眠ります。
りのちゃんじゃないが、
おやすみ!ハニー!!達。


ドアーを開けると、
「モーニン! ハニー!」
と抱きついてきたのはジェニー(一応仮名)。
いや、エリー(仮名2)にしよう。

ハグしながらのエリーの手には、
カップに入れられた熱いスープと小籠包、
私の朝食だ。
この宿に来る途中に買い求めたモノ。

そして、
ほぼ一年ぶりのディー・・・。

あそらくエリーはするだろうと、
旅行に来る前に私は二度にわたり
歯垢除去のデンタルケアーに・・・

エリーと私が知り合ったのは
2010年の2月のマニラだから、
かれこれ4年半にもなるお付き合い。
この4年以上の間、
毎日のようにスカイプでコールをしてくるのだが
私はほとんど無視。
3日に一度ほどは「good night honey」。
週に一度くらいはヤフー翻訳で
近況をメールでやりとりをしますがね。
決まって彼女は「i miss you]

マニラで知り合ったのは私が段取りをした、
“たぬきの結婚”(フィリピンパロパロ日記)
での新婦の友人として結婚式に参列。
私は連日のパロパロ三昧・・
ある日疲れたので、
「今日は女遊びはやめた!
ユックリとする。」
で、
私の部屋にやってきたエリー。
「ヘロキィ! マッサージ!!」
彼女は英語とピサヤ語(少しのタガログも)
しか喋れない。
当然日本人との付き合いもないから
全く日本語は解らない。
それでマッサージをしてもらっていたのだけど、
私の方が”襲われちゃいました”
これは本当!
金銭のお礼もしなかったしね。
自然のなりゆき・

当時、
エリーは契約が切れてマニラに滞在をしていた。
彼女の仕事は“介護士”
台湾でのホスピタル資格証明書も持っています。
プロモーターの斡旋で3年とか5年の契約で
フィリピンから台湾に渡るのです。
それで当時は契約が切れて台湾に居た、
新たな契約の申請中だったんです。

エリーはセブの生まれで娘が一人いる、
夫は仕事をしないので離婚。
しかしフィリピンは
死亡以外は離婚が認められない国。

かれこれエリーは台湾での仕事が
10年以上にもなる。
その間元夫とは音信不通、
生きているのやら死んでいるのやら
解らない状態だと云う。

娘とは毎日のようにスカイプで
交信をしていますがね。
その娘が16歳で結婚をして
男の子を生んだ。
エリーはすでにグランマ、
おばあちゃんになっています。
未だに出会ってはいないけれどもね。

エリーの仕事・・
日本円で月給が7万円弱。
半分ほどを娘に送金しています。

フィリピン人二人でペアーを組み、
一軒家で5人の台湾人の高齢者を
介護してるんです。

だから、
365日24時間の間休日は全く無し。
昨年の11月に私が台湾に行った日以来、
10ヶ月の間はお休みが無かったんです。

それを私が彼女のボス(プロモーター)
に二日間のペナルテイを支払い、
そのお金で
エリーの代わりの臨時雇いを段取りする。

さて、
民宿を10時にチェックアウト。
しばし花蓮市内を見物。

予定ではWebで購入していた
花蓮発14時20分の自強号
(今回は普悠馬)で瑞芳(レイファン)まで2時間弱。
瑞芳からバスで15分の九份(チュウフン)までの旅。
今朝の7時から48時間のホリディを得た
エリーとふたり旅。
九份ではシービューの部屋をリザーブしているもんね。
朝も夕も絶景。

つづく・・