「腐考の至り」リセット 腐考から冨幸に

   石に布団は着せられず
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今日も暑い一日でした、

三女の板金工場の草刈りにいってきてから

次女と孫、カミさんと三木の日帰り温泉

“湯庵”に行ってきました。
露天風呂にいると湯舟に浸かろうと

上がっていようと同じ位の熱さでした。

只一つ良かったのはいつもは

785円の入浴料が七夕祭りで、
夫婦連れは500円だったことか。


「孝行のしたい時分に親はなし」

と同じ文字どうりの言葉です。


私が心安くしていただいている、

議員先生の選挙の折りに

ウグイス嬢(?)で乗っていた時に聞いた、

と鬼子のブログでも書いていたのを

読んだ憶えがある。


私の母が軽い認知症に罹り、

私の事件前の精神状態の不安定さの

要因にもなったと

私の以前の記事にも書いた。


その母の認知症が

最近特に進行しているようだ。

大正15年生まれだからもうひと月もすると

満年齢で82歳にもなる。
少々ボケても仕方のない年だ。


私自身もよく解ってはいるのだが

どうしても母に対して嗜めるような

口調になってしまう、

優しく云ってやらねばダメだと

自分でも思っているのだが、

私の云う事を素直に聞いてはくれないので

どうしてもクドイ物言いになってしまうのだ。


昨年、帰ってきて、

しばらくしてから

“おもろいオッサン達との京都旅行”

(2月9日~14日の記事)

でKYなオッサンが云っていたのを思い出した。

「ワシとテツはもう両親が共にオラン、

そやけどお前とオニと“ケツの穴”には母親が、

アクマは両親がどちらも居る、

親に孝行はしとかなあかんぞ、

絶対に後悔をする・・・」


我々も還暦近くにもなり

誰もよく判っている、

解ってはいるのだが・・・


その旅行の時からふた月後に

アクマの父親が、

そしてその三月後にはアクマの母親と

オニの母親が

日をおかずに相次いで亡くなった。


唯一、

ふた親が居たアクマなぞ

三ヶ月の間にふたりとも失ってしまった。

奴は度々、

実家に帰って来ては

両親の面倒をよく看ていたのだが、
それでもこの言葉

「石に布団は着せられず」

には堪えるもの、

悔いがあるだろう。


オニも母親を亡くしてから、

最近はかなり生活態度も

言動も変わってきた。

先日、二人で酒を飲んでいる折にも

寂しそうな事を云っていた。


私も誰に云われずとも、

“老い先短い母親は

大事にしなければ”

と思っている・・・
がしかし、

毎日顔を合わせていると

どうしても云わなくても良い事を云ってしまう、

毎日後悔をしている・・・
生きているうちから

後悔をしている・・・


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