「腐考に至り」リセット 腐考から冨幸に 

冥土の置き土産
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現在の私たちの住まいには

台所と風呂場が二つある、

娘がしばらく住んでいたので

増築をしていたのだ。

しかし、

二つとも使うのは不経済なので、

母親の部屋に近い方の風呂を

私達夫婦と弟、

母親の4人で使っている。


そこでいつも仕事を終えてから

別棟にある風呂に入る。

この風呂場に行くには小さな廊下を渡るのだが

床は綺麗に張り替えられている。
私が自宅を焼失したあくる日に

駆けつけてくれた大工が張り替えてくれたのだ。

以前に水道管が破裂をして

使えなくなっていた台所や、

風呂の水廻りを使えるように

修理をするのには

床を張り替える必要があったからだ。

私が現在、

住まいをするほうの

風呂の方が広いのだが、
浴槽の縁が高く、

高齢の母親が入りにくいという事で

こちらを使うようにしたらしい。


毎日、

風呂に入りに行く度に

新しい床板を踏む・・・

これが新川玉一郎の

“冥土の置き土産”だ。


この新川玉一郎については、

私のブログの

12月16日付けの記事に書いた。

彼は昨年の四月に首を縊った、

私が勾留中の出来事だ。


マダマダ元気で体力も腕もよく・・・

53歳の若すぎる死だった。


この床だけではなく、

母親が一旦、

土間に降りて

手洗いに行かなければならないのを、

これも土間に床を張って

バリアフリーにしてくれている。


彼は京都の宮津の中学を卒業後に、

私の街の大工の棟梁の元に

住み込みで修業に来て、

一応給料が貰えるようになってからは

母親を呼び寄せて養い、

十数年前に母親を見送った。


丁度その時、

私は結婚したばかりの次女夫婦と

カミさんの里である四国の愛媛に行っていて、

訃報を聞き慌てて帰ってきたのを憶えている。


彼は自分の母親の介護をしていたので、

私の母親が生活をしやすいようにと

思ったのだろう。


彼は母の死後、

長年一人身でいたのだが

数年前に子持ちの女と世帯を持ち、

幸せに暮している、

と思っていたのだが・・・
この女が悪かった。


女だけの所為でもないのかも知れないが、

パチンコに狂った女は

彼の死の要因になった、

私は原因だと思う。


若い修業時代から

私を兄のように慕ってくれていた、

その私が死のうとした。

「もう私が帰ってこないだろう」

と思い私の母親が暮しやすいように

造作をしてくれたのだ、

そのあと自分で命を絶った。


私が三日三晩、

彼の悲しい死を知って悔やんだ事は

過去の記事にも書いた。


私が娑婆に居れば、

おそらく彼は死なずに

済んだであろう事も書いた。


毎晩、

彼の“冥土の置き土産”

の上を歩き風呂に入る。


私は、もう簡単には死ねない・・・


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