「腐考の至り」リセット 腐考から冨幸に
孫に残してしまったトラウマ 8  

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私が、

鬱状態の折に睡眠薬と酒の飲みすぎで

自殺騒ぎを起こしたのは、

7年前のことで12月半ば頃の

ブログ記事に書いた。


その時、

三女は3ヶ月後に

3人目の子供の出産を控えていて、

当時、

すでに1才の長女と3才の長男が居た。


彼らの住まいは

私の家から車で40分程の町で、

夫は自動車の板金業を

細々とだが自分で営んでいた。


彼らも色々とあったが、

現在も同じところで

同じ仕事をしている。


「お父ちゃん! 

私が絶対に死なさんからな! 

どうせ三月もしたら

出産に帰ってくるんやから、

今からこっちに住むわ。」

と言って、

保育所に通う子供達をこちらの保育所に

短期の預かりで転園をさせ、

自分達もこちらに移って来た。

婿は自分の工場にウチから通勤だ。


そうして生まれた子供が

昨年は幼稚園、

今年は小学生だ。

先週、

掲載した手紙はこの子が

昨年に書いたものだ。


現在の私のブログの

プロフィール画像の中心にいて、

てっぺんにチョンマゲ、

横に二本の三つ編み。


最近までは3本チョンマゲだったのだが、

やはり小学生にもなると

自分で三つ編みだ。


先日も書いたように

子供や孫が生まれてからは

全部私が風呂に入れていた、

がひと月もすると外孫ばかりなので

みんな帰っていく。


ところがこの子は生まれてからも

しばらくはウチに居た。

其の上、

私の精神状態が悪い時に

一緒に居た子なので

どうしても他の子に比べて

思い入れは大きい。


自分達の家に帰ってからも

私が寂しくなると、

迎えに行っていた。

現在もだが・・・


先日も書いていたように、

この騒動の一年ほど前までは、

次女の子供が居たのが

いなくなっていたので

余計に可愛かったのだろう。


今日も、

この時間は私の傍で寝ている。

金曜日の午後にカミさんが

迎えに行って3年生のお姉ちゃんと

泊まりに来ているのだ、

夕方になってから父母とお兄ちゃんが

夕食を食べがてらに迎えにくる。


お兄ちゃんは5年生になっているので、

こちらに来ても

ゲームをするだけで面白くなく、

家に残って釣りキチのパパと

海に行くほうがいいのだ。

それで、

小さな妹達が居ない方が

都合が良いようだ。


しかし、

夏休みになると彼は真っ先に、

こちらに飛んでくる、

川だ !! 

そして、

メタボの彼は河童に変身をする、

一日中川に入っている。


今まで、

私がアユ漁をする時には

必ずついて来た、

昨年などは古くなったボロ網を

与えると一人で漁をしていた。


アユを獲るスベは、

よく見て知っているので

腕前は父親よりも上かも知れない。

昨年は私が帰ってきたばかりで

体調も思わしくなく

あまり川には入れなかった。


火事の焼跡の後かたずけも

彼はオトナたちに混じって手伝っており、

私の状態はよく知っている。


彼のトラウマを失くすには・・・

私が元気よく一緒にアユ漁をすれば

消えるだろうか?・・・

ここまで読んでくださりありがとうございます
              
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