リセット ⑯
叔父は私の性格をよく知っていたので、
私に「 理容師になれ」とは言わず、
「当分うちの居候でもして居ろ、
そのうちもしも理容師になろうと思えばやれば良い。
また何か他の仕事がしたくなればそれもいい。」
叔父の店は従業員がひとりもいれば十分な小さな店だったので、
見習いの女の子がすでにいて私は必要はなかった。
しかし彼女は秋の国家試験のあと田舎に帰る予定になっていたので、
丁度タイミングは良かったらしい。
私もこんな仕事は性格的に向いていないと思っていたのでいずれ出て行くつもりだったが、結局はズルズルと居ついてしまった。
実家に連絡して理容学校の入学金を出してもらい入学をした。
9月に試験があり、10月から一ヶ年の秋期コースだ。
平日の昼間は学校に通い三時に下校、
そして四時頃から、土曜は昼から、
日曜は終日仕事をした。
月曜日は学校も仕事もどちらも休みだ。
数年まえから理、美容の国家免許の試験制度に関する法律が変わり、
現在では高卒、または高卒資格がなければ理、美容学校の入学資格がない。
昼間のコースで2年間通学をすれば現在は卒業後すぐにに国家試験を受けることができるが免許はとれても技術は伴っていないだろう。
当時は中卒でも入学でき、
昼間コースは一年間、夜間コースは1年半、通信課程は2年間、
共にその後1年間のインターン(技術見習い)を経て国家試験の受験という過程を経なければならなかった。
春季入学コースは中、高校を卒業してすそのまま入学するものがほとんどだったが、秋期のコースに入る者はバラェティにとんでいた。
中、高卒、大卒、そして中退組、結婚して理容店に嫁に入り家業を助ける為に入学、なかにはムコにはいってから来る者もいた。
当時は当然胸ふくらませ理容師になろうと一生懸命なものもいたが、
ほとんどの者は勉強が嫌いで進学をするのもしんどいし、親に手に職を就けろと言われて、それならサンパツヤかパーマやにでもなろうか、たいして勉強もせんでもエエやろうと、この職を選ぶものが多かっ
た。
しかし、案に相違をして、学科内容が結構多岐に渡っており、
といっても高校入学程度の学力があればクリァーできたのだが・・・
見習いを終了し立派な技術は習得して、免許試験に挑戦するのだが学科試験に通らずに店を替わりもできず、また一人前の職人になれても最終的に開業できないものも私の知り合にも多数いた。
試験問題の問題の文章、趣旨が呑み込めないのだから当然答えられない、大事な青春時代をムダにしてしまったような悲劇は多数あった。
国家試験の合格率をあげる為の法改正だ。
今振りかえってみると明るく楽しい青春時代を送れたんだなぁと想う。
そんなこんなで並み居るエリート(笑い)たちと楽しい1年間を過ごした。