2019年10月13日に母が84歳で息をひき取った。

 

私は海外という遠く離れた場所に住んでいるのに、

今まで何度も不思議な夢を見てきた。

 

母は2018年12月中旬から長期入院に入ったのだけど、

2019年5月に病院を移った。

 

その頃、遠く離れた場所で私が見た夢は、

 

母がおむつをしていて、大の方をしたから私におむつを替えてほしいと言う。

「いいよ~、ちょっと待っててね」という私。

その後で母のおむつを替えようと抱きかかえたら、体がものすごく軽くてびっくりする。

驚いた私は、いつの間にこんなに痩せたんだろう?と思う。

 

そういう夢だった。

気になり、夢占いで調べると、痩せる夢というのは体調が悪くなるような意味があった。

 

その後、何日が経過したか、父から母の容態が悪いから、一度帰って来たらという連絡が来た。

今までも良くなったり、悪くなったりを繰り返していたけど、父が私に帰って来いということは初めてだった。

父もいつどうなるか分からないと思い、私を呼んだのだ。

その頃の母はご飯も全く食べれず、点滴を入れてもらい、聞こえないほど小さな声を出していて、

体もかなり痩せているという話だった。

 

その後、私は2週間帰国した。

幸い、私が帰国する3日前から急にご飯をひとくち、ふたくち食べるようになり、

私が帰国した際には点滴も取れ、食べたいという物を私が持って行ったらよく食べていたので、

父が驚いていたくらいだった。

 

その帰国からこちらへ戻って、何度か夢を見た。

 

母から携帯に電話がかかってくる夢で、その「もしもし」っていう声が本当に耳元で聞こえ、

ビックリしてそのまま飛び起きたことがあった。

 

実際には2年前くらいだったか、兄の勧めで母はガラケーからスマートフォンに変更した。

もともとガラケーでもメールも打てず、電話とメールを読むことくらいしかできなかったが、

まだメールを読んでくれることで私とも繋がれていた。

それがスマートフォンになったのだから、母はそれから電話の操作を殆どしなくなってしまった。

それ以来、私がメールやメッセージを送っても見ることもなく、直接連絡が取れなくなってしまったのだ。

今では、なぜガラケーのままにしておいてくれなかったのかと、本当に悔やまれる。

 

そして、その後もまた夢を見た。

 

何故かビルの高い階に父と母と私が3人で居る。

その夢の中で父はいるということになっているが、存在感はほとんどなかった。

そのビルのオフィスのような四角い窓から、左端に山が見えて、

右側には町が広がっていた。

私は以前から母が「山に行きたい」と言っていたので、

「ほら、お母さん、あっちに山が見えるよ。見てみんさい」などと言って、

母が「どこね~?」と返事をして、

私が「ほら、あっちの方よ」と左側を指差して見させようとする。

次の瞬間、母が赤ちゃんになっているのだ。

母がおむつを着けた赤ちゃんになっていて、抱いている私はその赤ちゃんを「可愛い」と思う夢。

 

さすがに、この夢は不思議すぎて意味があると思い、夢占いで調べた。

「赤ちゃんになる」というのは、その人が1人では何もできない状態になっていて、

助けを求めているというような内容だった。

 

私はその夢を見てから気になり、父に「お母さんの調子どう?」ときいたら、

相変わらず良くなったり、悪くなったりだと言っていた。

 

が、その夢のことは自分の中でも引っかかっていて、誰にも言わなかった。

それが9月20日頃だったと記憶している。

 

私は母親が亡くなった10月13日に、家族と他県のバンガローに泊まっていて、

朝食を取っている時に、初めて旦那と娘にその夢の話をしたのだ。

 

その数時間後に母親が亡くなったという連絡が来た。

 

葬儀・告別式・火葬が終わり、数日が経過した頃、

父と兄がお世話になった病院へお礼に行くというので、一緒に付いて行くと言った。

どうしても、母が最後にいた病室を見たかったのだ。

 

母がここで頑張って、最期を過ごしたんだと思うと、涙がこみあげてきた。

 

私が7月に帰国した際には3階の病室にいたから、てっきり3階の部屋にいると思い込んでいた。

私は全く知らなかったんだけど、その後、6階の病室に変わったそうだ。

 

6階に変わったと聞いた瞬間から、確信があった。

 

悪くなるまでは601号室にいたという話で、

その部屋から窓を見たときに「やっぱり」と思った。

 

7階建ての病院では高層階になる6階の1番端の部屋の窓際のベッドにいた母。

その病室の窓から、左端に山がチラッと見え、右側に町が広がっていて、

私が通った小学校などが見えた。

 

夢とおんなじ光景だった。

私は母が高層階に居るということも知らずに、その夢を見ていたのだ。

 

時期的に私がこの夢を見た少し後、母は容態が悪くなり、

看護婦さんに近い部屋に移って10日間ほど居たらしい。

その後、集中治療室に移されて、2日で亡くなった。

 

こんな不思議なことがある。

母は遠く離れている私に知らせてくれていたんだと思う。

私は信じている。

 

父は私が帰国している間に、母の遺品を整理して欲しかったらしく、

とにかく要らないものは捨ててくれと言って、早く片付けたがった。

私だったら心の整理ができなくて、なかなか捨てられないと思うのだけど、

父はとにかく早くしたがっていた。

私が居ないと、自分ではできないと思ったのか。

 

しょうがなく、私は母の下着や衣服などを複雑な思いで選んで、ゴミ袋に入れる作業をした。

 

その作業を始めた夜、本当に寝入る瞬間だった。

右側に母がいて、服を着ようとしていた。

私は母に「その服は袖を直さんと着れんのんよ」と方言で言い、

そこでパッと目が覚めた!

 

母だと思った。

母が服を捨てて欲しくないんだと思った。

 

次の朝、父に夢のことを話し、「お母さんが服を捨てて欲しくないって言ってるような気がする」と、

それ以降は他の人にあげれるような服などは残すことにして、

1つのクローゼットにまとめて、しばらく入れておくことにしたのだ。

 

 

私は今も悲しいし、涙が出る毎日だけど、

11月8日の朝方だったか、こちらに戻って来てから、初めて母の夢を見た。

 

お母さんのお葬式なのに、

お母さんはキレイな普段着を着て、私の右側に座っている。

色とりどりの鮮やかなたくさんのお花に囲まれて、

とても嬉しそうに笑っている、とても幸せそうにしている夢だった。

 

その夢を見た日から、私の心はすごく軽くなって、その前日までの気持ちとは明らかに変わった。

母のお葬式で、棺に入れられたお花は本当に色とりどりで、鮮やかで、とてもキレイだった。

 

生前からお花が大好きだった、花の名前がつく母。

 

お母さんが喜んでくれてたのかなと、

幸せだったのかなと、

誰も答えてはくれないけれど、

何故かいつも私の夢に出てきてくれた。

 

お母さん、夢に出てきてくれてありがとう。