1週間前から旦那の母親が、居住地の国立病院から紹介されて
他県の病院へ治療に行くことになった。
昨日、旦那がお見舞いに行きたいと言い出したので、家族全員で出かけることに。
そこは私達の自宅から車で片道約3時間の場所。
大きな総合病院だと思い込んでいた私は、規模が小さいのであれ?と思っていたら、
日本で言うところの「がんセンター」のような専門の治療施設らしい。
日本と違い、全員が病院内のベッドに入院できるという訳ではなく、
症状にもよると思うけれど、病院敷地内の貸し部屋や借家、
そして、それが満室の場合には、病院近くのアパートなどを自分で借りないといけないらしい。
そこから病院へ治療に行くのだ。
お義母さんの場合、幸い体は自由に動かせるのと、
やっぱり病院内は空室がないということで、
結局、病院の反対側にある1部屋だけ空いていたアパートを借りることができたとのこと。
病院の治療は月~金で、土日は休み。
昨日は土なので、アパートにいるお義母さんを訪ねた。
現在は旦那のお兄さんの奥さんが付き添ってくれていて、
兄弟で話し合って、その後も交代で付き添いをすることになったようだ。
私は日本人なので、お義母さんの面倒や食事の世話、
病院とのやり取りなども支障があるだろうから、
そういう役割にされることはないんだけど、
その代わりに、兄弟の中でも旦那が金銭面で1番協力している立場。
このことがあってから、普段から勤勉な旦那だけど、更に頑張るようになり、
朝から夜までよく働く。体に気を付けて欲しいなと思うくらい。
旦那を見てると感じるけど、
この国の人は家族の為に何かができる自分を誇りに思う。
それが仕事を頑張る原動力にもなる。
日本でもない訳ではないけど、子供が親の面倒を金銭面も含めてみるとか、
兄弟や家族の絆の強さでいうと、日本のそれより強いかもしれない。
逆に言うと、それ以外の関係が弱い。。。
治療することになる前に、医師が直接お義母さんにあっさり病名を告げた。
お義母さんが質問したからだけど、
伝える伝えないで話し合いをしていた最中の家族はあっけに取られたものだった。
これも、この国らしいと言えば、らしい。
アパートにいたお義母さんは、実家にいる時より、はるかに元気になったように見えた。
顔に精気があって、食べ物もよく口にしている。
そして笑顔があるのだ。
治療は大変だし、体調が悪くなることもあるけれど、
明らかに実家にいる時より、良くなっているように見えた。
お義母さんがいるアパートは、6戸の部屋が繋がっている1棟の平屋。
そこには3棟18戸と、大家さんの家があり、
中庭には大きな木が数本、そしてその木陰にはみんなが座れるようなテーブルと椅子。
広々としていて、開放的な気持ちがいい場所だなというのが印象。
18戸の内、半数以上はドアが閉まって人がいない様子だったので、
借り手がいないのかと思っていたら、
実はこのアパートは病院前にあることもあり、同じ病気で治療する人で満室とのこと。
でも、土日は治療がないので、近隣の人は自宅に帰るのだそう。
ああ、だからなんだと。
土日も実家に帰らない人は、ここで思い思いに過ごすのだけれど、
その内、木陰に人が集まってきて、
治療をしている患者さんと、その家族などなどで雑談会が始まった。
私もその輪に加わったりしていたんだけど、
今から治療を始めるという人もいれば、
もう長く治療を続けている人、
そして、もう数日で治療が終わって帰宅するという人など、
病気の部位や症状もそれぞれだけど、
同じ苦しみを抱えた人たちや、その家族がそこにいた。
うちのお義母さんは、おそらく最年長。
その中で、あと3日で治療が終了して自宅へ帰れるという女性が、
耳の遠いお義母さんへ、耳元で大きい声で面白おかしくアドバイスをしてくれていた。
そこにいる人とその家族は、
同じ苦しみや悲しみを味わいながら、それを克服したり、それと闘ったりしている。
そして、苦しみを知っている人の言葉は
温かく
とても力強い
どんな病でも、1人で抱えると苦しみから逃れることが難しいけど、
同じ痛みを共有できるということが、どれだけ痛みを和らげることができるか
そして自分だけではないという安心感も。
その空間はとても温かかった。
お義母さんが、このアパートに滞在して治療をできて
良かったなと思った。
人の本当の苦しみや悲しみって、
同じ経験をした人しか分かり合えないことがあると思う。
苦しいことや悲しいことがあったら、
今はネット社会だし、
同じような境遇の人の言葉を聞いたり、読んだり、会話したり、
そうして自分の心の負担を少しでも軽くできる方法があるんだと
気付かされた1日だった。