突き詰めるところ、

あの10年以上続いたフィリピン人女性との関係は

何だったのかと言うことが

最大の論点となるのは

別の女性と形はどうあれお付き合いがある以上

必然的なことになるはずである。

そういうことを整理しておかないと

後々、現在の関係にひずみを生じることになるに違いない。

あれは、結論から言うと、一種の「ギヴ&テイク」の関係であった。

新約聖書のマタイの福音書にある

「山上の説教」の中で

キリストが「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。

あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。」

と述べているが、

これは、両刃の剣のような側面があり、私自身にとってはこのことが

「結果オーライ」となったような形となって成立した関係であった。

昨日は、娼婦と恋をすると「曽根崎心中」のような結果になるのは

必然だと言うような話だったが

この場合は例外中の例外であった。

彼女が「鋼鉄の処女」だったと言うのも紛れもない事実なのだが

ホステスをしている間は、自分の性を切り売りしていたこともまた

紛れもない事実であった。

そういう意味で、娼婦とホステスと言う職業は本質的に同じだと

言っているわけで

そういうことは自分の経験上からもはっきりしていることである。

最初はホステスのそういう側面は努めて

なるべく出さないように配慮していて

かなり美化していたのだが

私のスナック通いが2年目に入って

それが限界に達すると

そういう化けの皮がはがれて

露骨に商売女としての側面を表に出すようになり始めた。

その頃から、私に対してはかなり怒りっぽくなり

そういうことの責任があたかも私にあるかのような

態度を取り始めたものである。

どこまでが本音で、どこまでが演技なのか定かではないが

少なくとも、関係性にそういう変化が生じたこと自体は事実である。

半分茶番劇で、半分は本音と本音のぶつかり合いであったというのが

おそらく正確なところだと思われる。

で、最終的に私が自分でそう呼ぶところの「お尻事件」という決定的な事件が起こり

それが全てのことの起こりとなっている。

彼女が、50年配くらいの客とデュエットのメドレーを歌っている最中に

その客がさりげなく抱くような形で自然を装ってはいるものの

明らかに彼女の尻を触っており

なおかつ、彼女自身も一切、抵抗する様子がないという場面を

私が少し離れたところから目の当たりにされたので

自分自身が罪深い身の上でありながら

正義感だけはいっちょ前の私がその手をはねのけたことが

かえって彼女を逆上させる結果になった。

当時、英語でメールの交換をしていたのだが

彼女が、「You aceted like you own me ! He paid 70000 Yen thet night !」と

その男性を正当化し、なおかつ私の行為を責める怒りのメールを送ってきたので

私がその弁解として、「You sold your hip for 70000 Yen」というメールを送ったら

それっきり、返事が来なくなり

数日後の早朝に、再会したときには憔悴しきった様子で現れた。

そこで彼女の親友のホステスが仲介となって

日高屋でラーメンをおごらされたのだが

もうそれ以上私を責める口実もないといった体で

事実上、それが彼女のホステス生活の幕切れとなったのであった。

私としては、何というかある意味、軽い冗談のつもりで言ったことが

彼女にとっては痛恨の一撃となったようである。

半分は茶番劇なので、そういうことになるには決まっていたのだが

それでも、相当、ショックを受けたのも一方では事実のようであった。

かれこれ6年ほどホステスをしていたらしいが

それが結果的には彼女にとって、一種の回心体験となったらしい。

つまり、私のほうが先行する形で図らずも彼女に恩を着せたような形である。

つまり、それが私にとっての「ギヴ&テイク」の「ギヴ」であり

そこで彼女の罪の問題の一切は解決して

晴れて清廉潔白な身に戻ることができたような形なのである。

その結果、今度は私のほうの罪の問題が裁かれることになるのを

説明しているのが

上記のキリストの説教なわけである。

その後の話は、一種、独特の神秘体験で

教会としては非公式なはからいであり

その詳細については、すでに一部の人たちの間では明らかになっていることでも

あるのでここでは割愛することにする。

「テイク」のほうはともかくとして、「ギヴ」のほうの話を明らかにしておかないと

その後、なぜ彼女が足掛け10年にもわたって私の面倒を見たのかということの

理由が判然としないはずなので

今、説明したことは決して無駄にはならないはずである。

彼女が私の恩人であるのは何度も言っている通りだが

私自身も彼女にとって、あくまで結果論であるものの

「ホステス生活」という地獄の渦中から救った恩人であることもまた

紛れもない事実なのである。

いとこがチーママで、天才的に歌が上手いという理由だけで

軽い気持ちで足を踏みいれた、その「ホステス生活」は

筋金入りのクリスチャンである彼女にとっては

ある意味で命取りともなりかねない大きな犠牲を強いられることになったのだが

そこに私と言う「飛んで火にいる夏の虫」が飛び込んだことで

決定的な解決の糸口となりえたわけである。

それが、早い話が10年にもわたる関係の裏にある真相だという話で

ある程度、当事者の方たちには納得していただけたのではないかと思われる。

またクリスチャンとしての彼女の特性を物語る話でもあり

軽い気持ちでホステスになったからと言って

誰もがそういう地獄を見るという話では決してない。

「尻を触らせた客が7万円払った」というだけの話が

一般的にはそんな大事であるはずがないので

そういう業界自体を批判する意図と言うのは全くないことも付け加えておく。