チャットGPTに私の願望的未来の話を作っていただきました
私が何を目指しているのかAIはよく汲み取り文章にまとめてくれました
少々長文ですがお読み頂けましたら
何をどんなふうに見ようとしているのか
ご理解頂けるかもしれません

では…はじります(^^)

ひろなおさん。

少し未来へ行きます。

そこは、「有名になった自分」でも、「大きな医院を経営している自分」でもありません。

もっと、ひろなおさんらしい未来です。


朝――海と山の境目にある、小さな研究所

瀬戸内海が見える丘に、木と白い壁でつくられた建物があります。

看板には、病院とも大学とも書いてありません。

TOM Institute
人間の成長を、からだ全体から考える場所

大きな窓の向こうでは、子どもたちが裸足で遊んでいます。

床に寝転がる子。
大きな肉を一生懸命噛んでいる子。
鼻で静かに呼吸しながら、積み木に集中している子。

そこには「舌のトレーニングだけをさせられている子」はいません。

理学療法士、歯科衛生士、言語聴覚士、耳鼻科医、保育士、料理人、建築家、発達研究者が一緒にいます。

しかし、誰も自分の専門領域だけで子どもを見ていません。

一人の子どもを囲んで、

「この子の舌が上がらないのは、舌の筋力でしょうか」

ではなく、

「この子の身体は、なぜ今、この姿勢と呼吸と嚥下を選んでいるのでしょう」

と話しています。

その問いを、ひろなおさんが何年も前から投げかけ続けたからです。


診察室――「歯並びを治す場所」がなくなっている

ひろなおさんの前に、7歳の女の子が座っています。

以前なら、

* 口が開いている
* 歯列が狭い
* 舌が低い
* 下顎が後退している

と、問題点を並べられていた子です。

でも、ひろなおさんは女の子に尋ねます。

「最近、朝は気持ちよく起きられる?」

女の子は笑って、

「うん。前より走れるようになった。ご飯もおいしい」

と答えます。

その横で、お母さんが少し泣いています。

歯並びがきれいになったからではありません。

以前は毎朝ぼんやりして、食事が遅く、すぐ疲れていた娘が、今は自分から外へ遊びに行くようになったからです。

ひろなおさんは口の中を見て、胸郭に触れ、立った姿勢を眺め、食べる様子の動画を確認します。

歯だけを見ていた時代には、別々に扱われていたものです。

けれど、ここでは一つの物語として読まれています。

体幹が安定する。
胸郭が動く。
鼻で息ができる。
舌が口蓋へ収まる。
よく噛み、うまく飲み込める。
顔が、その子らしい方向へ育っていく。

治療が終わったとき、ひろなおさんは「治しました」と言いません。

「この子の身体が、自分で育つ道に戻りました」

そう言います。

その言葉が、世界中の小児歯科で使われるようになっています。


昼――世界中の研究者が、ひろなおさんの図を囲んでいる

午後は、研究棟へ移ります。

壁一面に、巨大な頭蓋顔面の立体映像が浮かんでいます。

蝶形骨、翼状突起、翼突鈎。
口蓋帆張筋、内側・外側翼突筋、口蓋舌筋。
舌骨、喉頭、胸郭、横隔膜。

昔、ひろなおさんが一枚ずつ「ここが違う」「筋の走行はこうではない」と修正していた図が、今は子どもの成長に合わせて動く立体モデルになっています。

咀嚼すると、力のベクトルが光ります。
嚥下すると、軟口蓋と舌骨が動きます。
鼻呼吸と口呼吸を切り替えると、胸郭から頭蓋底までの張力の変化が現れます。

日本、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの研究者たちが、その映像を囲んでいます。

そして、かつて「証明されていない仮説」だったものが、大規模な長期研究によって少しずつ姿を現しています。

口蓋は、舌を収める単なる天井ではない。
舌・咀嚼・嚥下・呼吸・姿勢を統合する感覚運動面であり、成長を導く場である。

TOM理論は、ひろなおさん個人の「治療法」ではなくなっています。

世界各地の研究者が検証し、間違っている部分は修正し、新しい発見を加えていく、開かれた学問領域になっています。

その場でひろなおさんは、理論を守ろうとしていません。

若い研究者から、

「先生、この部分は違うかもしれません」

と言われると、目を輝かせます。

「それは面白い。では、身体は何をしているんだろう」

ひろなおさんが本当に欲しかったのは、自分が正しいと証明されることではありません。

身体が何をしようとしているのかを、もっと深く知ることだったからです。


夕方――教えるのではなく、火を移している

夕方、円形のホールに人が集まります。

巨大なスクリーンも、長いスライドもありません。

中央には一人の子どもの成長記録と、数枚の美しい解剖図だけ。

参加者は歯科医師だけではありません。

保護者、学校の先生、助産師、トレーナー、医師、研究者。
そして、かつてTOMの治療を受けた子どもたちもいます。

ひろなおさんは壇上から知識を一方的に教えません。

参加者に問いかけます。

「この子の口が開いているのを見て、皆さんなら何が悪いと考えますか?」

誰かが答えます。

「舌の力が弱い」

別の人が言います。

「鼻が詰まっている」

さらに別の人が、

「胸郭が動かないのかもしれない」

と言います。

ひろなおさんは楽しそうに笑います。

「全部あり得ます。では、この身体は何を守るために、この形を選んだのでしょう?」

会場の空気が変わります。

参加者が「悪いところ探し」をやめ、人間の身体を好奇心をもって見るようになる瞬間です。

ひろなおさんが広げたかったのは、装置でもメソッドでもありません。

身体は間違っているのではなく、その条件の中で最善を尽くしている。

という眼差しです。

それは、いわば「身体の性善説」です。


夜――ロードバイクで海沿いを走っている

一日の終わり、ひろなおさんはCinelliに乗っています。

海沿いの道を、一人で走っています。

研究所には世界中から人が来る。
TOMを学ぶ専門家も増えた。
教科書も研究論文もある。

けれど、頭の中にあるのは肩書きや業績ではありません。

今日会った女の子が、

「ご飯がおいしくなった」

と言ったときの顔です。

風を切りながら、ふと新しい疑問が浮かびます。

舌が食物の位置を探索するとき、
下顎の運動方向は本当に舌から決まるのではないか。

そしてその感覚入力は、
翼突筋群や頭蓋底の成長と、どこまでつながっているのだろう。

もう十分な実績があるのに、また知りたくなっています。

完成した人にはなっていません。

相変わらず、身体の不思議に追いかけられています。

そして、それが嬉しい。


さらに先――ひろなおさんがいない場所でも、思想が生きている

もっと未来へ進みます。

ある小さな保育園で、先生が子どもの食事を見ています。

口をパクパク開けて食べる子に、

「口を閉じなさい」

とは言いません。

椅子の高さを変え、足が床につくようにして、食材の硬さを調整し、鼻の通りと睡眠について保護者へ尋ねます。

別の歯科医院では、狭い歯列の子どもを見た若い歯科医師が、すぐに装置を選びません。

胸郭、頭位、呼吸、舌、咀嚼、嚥下、睡眠を一つずつ確かめます。

その先生たちは、ひろなおさんに会ったことがありません。

それでも、

「歯を動かす前に、なぜこの歯並びになったのかを考える」

という姿勢を、ごく当たり前のものとして受け継いでいます。

そこで初めて、ひろなおさんは気づきます。

自分がつくったのは、新しい矯正装置でも、新しい学会でもなかった。

子どもの身体を見る、新しい目だった。


ひろなおさんが心からワクワクする未来は、おそらく「誰よりも成功した未来」ではありません。

まだ誰も完全には説明できていない身体のつながりを追いかけ、仲間と議論し、間違いさえ楽しみ、その発見が目の前の子どもの成長へ還っていく未来です。

研究者であり、臨床家であり、教育者であり、絵や言葉で複雑なものを伝える人でもある。

でも、そのどれか一つに収まる必要はありません。

ひろなおさんの本当の仕事は、

身体の中で分断されてきたものを、もう一度つなぐこと。

そして、その知識によって子どもを型にはめるのではなく、

その子の身体が本来持っている可能性を、もう一度信じられる環境をつくること。

なのだと思います。

未来のひろなおさんは、何かを征服した顔ではありません。

新しい疑問を見つけた少年のような顔で、頭蓋骨の立体像を覗き込みながら、こう言っています。

「やっぱり、人間の身体って、ものすごくよくでき
ているんだよ」