最近、鑑定が続いて

頭に血液が集まってしまうから

また熱が出るぞと思っていたら

ふと思い出したんですよ。

 

養命酒

飲もうって。

 

かなり昔に一度誰かに

飲ませてもらった記憶があり、

 

血流を良くするというのだけは知っていて。

 

養命酒を飲めば、

血流が良くなって

足先まで血が巡りそうだなと。

 

味も覚えていたようで

飲んでみたら記憶の通りでした。

 

そうだった。

私は養命酒の味が好きなのだ。

 

漢方の匂いも味も好き。

それは昔から変わらず、

いつか勉強したいと思っているし、

調合?してみたいとまで思ってしまう。

 

漢方とか中医学って

心が落ち着くんですよね。不思議と。

 

 

飲んでびっくりしたのが、

少量でも喉にカーっとアルコールを感じたこと。

 

昨年カフェインを辞め、

アルコールも控えていたせいか

喉に少しひりつきがありました。

 

と言っても一瞬なので

気にならない程度です。

 

養命酒って両親の世代の人が

飲むものというイメージだったけど、

 

40以上の揺らぎ世代にも

ピッタリなのでは?と思ったのでした。

 

仕事の後はこれで血を巡らせてみよう。

 

物理的に体を動かせばいいけれど

仕事の後に毎回運動するってなかなかできないから。

 

1日3回飲むらしいけど

私は夜だけかな今のところは。

 

しかも2か月続けて

やっと効果が出てくるらしい。

そして、それは3回飲んでる人の話ですね。

 

まさか養命酒を始めるとは。笑

 

四柱推命鑑定の後に養命酒。

 

東洋占術と東洋医学の組み合わせが

なんだかゾクゾクしちゃいます。

数日鑑定に没頭していたら

いつの間にかバレンタインの日付。

 

先日は海王星が動き、

今日は土星の移動。

 

新章のはじまり

というタイミングのようですね。

 

魚座の私、

先日も書いたのですが

海王星の影響が凄まじかったせいか

土星の影響が目立たない

 

そんな感想です。

 

同時に乗っかっていると

どちらの影響なのか判断が難しい。

 

でも土星が魚座に来た

2023年3月から今に至るまでを

思い返してみると、

 

修正・見直し

 

が多かった気がします。

 

色々なことを後回しにできない

後回しにさせてもらえないような、

 

今、向き合ってね。

 

と言わんばかりの圧力が

かかっていたような気もします。

 

土星がいなくて海王星だけだったら

自分に甘く緩いままで何も形にならず

生産性のない過ごし方を

してしまっていたかもしれません。

 

私は個人的に

海王星の影響が強かったので

土星が来なかったら

堕落していた可能性もあります。

 

それくらい判断能力が弱まり

宙に浮いている感覚だったんです。

 

なので、土星がいたこの2、3年で

色々と正すことができたと思います。

 

 

そして、

 

やり残した宿題を片付ける

 

そんな締めくくりの感覚もありましたね。

 

だから、とっても

自分自身のことに向き合ってきました。

 

これでもか、というくらい。

 

過去の清算

という言葉が合うだろうか。

 

過去に疑問に思ったこと、

謎に包まれたままだったものに

決着をつけざるを得ないと言いましょうか。

 

決着をつけるためには

嫌でも「私」の諸々を見なくてはいけない。

 

目を背けていると

強制的に見させられる。

 

そんな期間だったと思うので、

 

自分に向き合うことには

本当に慣れました。

 

今では心地いい。

 

自分に向き合わないことが

気持ち悪いです。

そこまで変わりました。

 

土星の移動サイクルは短いけれど、

本質を知らせてくれたおかげで

無駄なく効率よく片付けられたのでしょうね。

 

海王星も土星も

魚座から移動したら

今度は一体どうなるんだろう。

 

きっと色々といい意味で

セーブしてくれてた部分もあるから、

それが無くなるってことは、

 

もう抑える必要はないよ

 

という意味だと捉えてみるか。

 

ゾクゾクするし

コワイ気もするけれど

楽しみな期待もわりと強い。

 

2026年、

まだ1か月半しか経ってないのに

この濃さですからね。

 

この波に

「個」の波に乗って

まずは今年を生ききろうと思う。

 

さあ、新しい朝へ。

昨年の途中から

カフェイン摂取をやめています。

 

確か半年は経っているはず。

 

やめて数か月は

カフェイン離脱症状が出ると

知っていたので様子を見ていて

 

だいぶ落ち着いてきたかな~

と思っていました。

 

私の場合は眠気が強かったです。

 

ただ、離脱症状って

こんなに長く続くのかな?と。

 

眠気を感じることは減ったものの、

なんとなくカフェインを抜いた後の

感覚がまだ残っている気がして。

 

 

で、ふと思ったのが

血糖値。

 

離脱症状に似た

眠い、だるい、気が散る

といった症状は

食後に起こっているから

もしかして、と思って調べると

 

食後に血糖値が上昇して

すぐ後に降下する

血糖値スパイクが起こると

眠い、だるい、気が散るとのこと。

 

食べる順番には

気をつけているつもりだったので盲点でした。

 

まさか離脱症状と似ているとは。

 

でも完全に体感覚なので

ちゃんと測って血糖値を観察したほうが良さそう。

 

カフェイン抜いているから安心♡

とはいかないのが40代以降だ。

 

日々の体の症状は

自分で管理するしかないけれど

詳しくなれるのもまた楽しい。

昨日の雪が嘘のように快晴!

まだ花粉もない。

低温だけど空気も澄んでる。

 

いてもたってもいられず

寝具類を洗って干したら・・・

 

まあなんと気持ちのよいこと。

 

今夜はこの布団で寝られるのかと

考えるだけでもう幸せ。

 

 

他のことそっちのけで

ほぼ一日、寝具干しで終わる。

 

これをただの家事だと思って

流れ作業的にやってると、

干した後のお日様の匂いを

感じる余裕もなく、

 

この後もやることあるのに!

時間が迫っているのに終わらない!

あーん、イライラする!

 

って状態になりがちよね。

 

かつての私もそうだった。

 

何かを感じ取るとか、

じっと作業に集中するとか、

 

そういうのが出来ないくらい

いつも何かに追われてる人が

多い世の中。

 

いつまで続くんだろうね。

 

世の中が変わってくれるのを

待ってるわけにはいかないし、

 

もう自分で脱するしかないのよ。

 

選挙が終わったこのタイミング

だから尚更そう思う。

 

日々の生活を豊かに幸せにするのは

自分次第でしかないんだ。

 

布団干しじゃなくてもいい。

 

ちょっと自分だけが知ってる

自分だけが感じ取った喜びを

1つずつ噛みしめたらいいだけ。

 

それさえ出来ないなら

一日の過ごし方が

自分に合ってないってことだ。

 

家事にイラつくって

自分からのSOSだからね。

 

なんてことを

布団を整えながら考えてたから

書いてみた。

世の中に相当な数があるのは

承知のうえで書くことになるのですが。

 

コミュニティというものが

嘘くさく見えるんですよね。

 

私が見かけるコミュニティの定義は

1つの目的を目指す集団です。

 

所属していない人でも

中の雰囲気は感じ取れる時代のせいか

素通りできない違和感が出てきます。

 

コミュニティ運営のトップから見た

優等生的な存在に光が当たる構図

ありますよね。

 

その影響なのか

その他大勢も志が高い人に見えてくる。

 

トップが目指すことや発言に迎合して

指示やアドバイスにも忠実に従う。

 

そういうところが

会社のような組織と同じ匂いがして

ウっっ…となってしまいます。

 

依存しやすい集団の形に

なってしまっているんです。

 

 

コミュニティの中にある

ルールや風潮が常識だと思ってしまい、

従い続けて自分を見失う危うさがあるし、

 

いつも見かけるあの人もこの人も、

まるで近所に住んでいるかのように

身近な存在に思えてしまうせいで

自分を偽ってまで気に入られようとする危うさもある。

 

コミュニティの中で

自分はデキる人なんだと

アピールすることも

気に入られたい行為の1つです。

 

本人は自覚がないことがほとんど。

そういう人こそ依存度が高い。

 

よほど自分自身が自立できていれば

踊らされる心配はないと思うのだけど。

 

人生につまずいている状態で

心が不安定だと危ないと思います。

 

コミュニティに所属していれば

何かいい情報がもらえるかも♪

何か自分にとっていいことがありそう♪

という期待で入るなら

 

まず、その期待に応えてもらえることはないです。

 

自分で情報を取りに行く!

という主体性がゼロだから。

 

一見自発的なのだけど

ここに入ればいい事あるのよねと潜在的に思ってる。

 

ただの情報くれくれ人間です。

 

そういう気持ち悪さだと思います。

私がコミュニティという集団に感じていたのは。

 

一人一人が自立、独立することが先ですよね。

 

で、いざ!という時に

集まって助け合える。

最善で最強の力を出し合える。

 

これがノーマルではないでしょうか。

 

災害の時に地域のコミュニティが始動するような感じです。

 

普段はそれぞれに生活があり、

必要な時には力を合わせる。

 

ネット上だからなのか、

何とも言えない気持ち悪さがあるので、

本来のコミュニティの良さが

戻るといいなぁと個人的に思ってます。

新時代が来たとはいえ、

 

動いていることが素晴らしい

という風潮だけはいまだに変わらない。

 

昔のまま。

 

なぜ?

 

私は休みたいんだが。

 

ジっとして

何を感じて

何を考えているのか

感じ取りたいし、

 

内臓の動き、

血液の流れ、

心臓の鼓動、

肌の状態を観察したいのだ。

 

休んで静かにしていないと

できないことなのよ。

 

会社の休憩時間も

1時間とか、45分とか。

短すぎる!と思ってた。

 

ご飯食べて

歯を磨いて

トイレ行って終わる。

 

それは休憩とは言わない。

休めるわけがない。

 

休日も少ないと思ってた。

 

平日にできないことを

休日にやるから

全然休めないし休日も忙しくなる。

 

いやいやいつ休むの?

 

これじゃ、いつか滅びるよw?って。(私が)

 

 

そういえば、

 

選挙の投開票日も

毎回当たり前に日曜日。

 

休日は休日をさせてくれ~

と思ってしまう。

 

結果も知りたいから

情報を追いたいのに、

 

明日から一週間が始まる!

という前日の夜に流すから

寝不足になって月曜日どうするの?

 

と、会社員の時は

嘆いてばかりだったなと。

 

今ちょっと社会から離れてみて

本当「休み」のない社会だなと改めて思う。

 

多分、世の中に逆行して

ちゃんと休んでる人はいる。

 

でも不思議なことに

年末年始、GW、お盆も

「行動」している人に焦点が当たってる。

 

そういう報道ばかりだ。

 

この煽りによって

休めないループに陥って

病む人が増えているんだと思ってる。

 

本当の意味で

本気で休まないと

もっと自分迷子になる。

 

いつ、自分のことに詳しくなるの?

 

いつになったら

自分を労わってあげるのか。

 

と時々思いがこみ上げてくるのだ。

 

もっともっと休んでいい。

誰かに気を使う必要もないし

どこかに無理やり行く必要もない。

 

人生の大半、休んでていいと思ってる。

 

経験して思うのは、

 

休んで何もしていないほうが

上手くいくことが多い

 

ということ。

 

本来の自分でいられる。

 

本来の自分から外れたくないから

ずっと休んでいたい。

 

今それが叶うのは家の中のみ。

「先日相談させていただいた相手の方と入籍したんです」

 

とお客様から嬉しいご報告。

 

お届けしたアドバイスをもとに

細かく実行してくださっていたようで、

 

お伝えして良かったぁぁぁぁ・・・

と心が震える感覚がありました。

 

鑑定後は様々な嬉しい瞬間がありますが、

ご縁が結ばれたご報告というのは

格別の嬉しさがあります。

 

同時に、

 

幸せを手にしたお客様は

とても素直なかたで

(私はそういう印象を持っています)

 

それが答えだと思いました。

 

 

素直にやってみる

というのは、

そんなに簡単ではないですよね。

 

私自身も自意識を挟んでしまいがちです。

 

これは

私の感覚的な話ですが、

 

素直な人は、

他者の言葉を「神様の言葉」として

無意識に受け取っている人なのではないかと。

 

お告げのような神聖な言葉として。

 

そうすると、

なんの淀みもなくスっと言葉を入れて

スっと動いて叶っていく。

 

叶うというのも

気づいたら叶ってた、という感じで。

 

これが幸せのカラクリなのだと思います。

 

人様の助言を神聖な言葉として

大切に受け取ることが幸せへの近道になる。

 

それを証明してくださったお客様。

本当におめでとうございますラブラブ

仕事で鑑定をしているのですが、

鑑定文って1度で完成しないのです。

 

はじめは、文体を考えずに

一気に最後まで書いてしまいます。

 

その後です。

 

読み直しては削り、

読み直しては言い回しを変え、

読み直しては書き加えたいことが出てきて、

 

これを数回繰り返します。

 

最後に誤字脱字の有無を確認。

 

これ、本を出版できそうじゃない?

とまで思えてくるほどです。

 

数日間そこにエネルギーを注ぐので

山を越えた時は知恵熱みたいなものが出ます。

 

体が浄化されるような現象も起きます。

 

今日もその状態になり。笑

明日も鑑定は続きます。

 

かれこれ8年続けているという。

 

自分に合っていないと

こんなには続けられなかっただろうな。

 

 

多分、自分が紡ぐ文章に対しての

観点がだいぶ肥えたと思います。

 

見る目が肥えたから、

引っかかる箇所も昔とは全然違う。

 

昔、何度も手直ししていた箇所は、

今は手直しの必要がない完成度になり、

 

今は8年目の目利きをしているのだろうと

薄っすらそんな実感があります。

 

こういう風に継続していることって

客観視しにくいんですけどね。

 

自分自身に溶け込みすぎているから

少し前との差がわかりにくい。

 

それでも手ごたえがあるのは

自分が書いた文章を読み直す時に

視点を当てる所が確実に違うこと。

 

少し前より良くなってる気がして

嬉しかったんです。

 

あと、最初から変わらないのは、

鑑定中は修行みがあるところ。

筋トレを続けているような感覚です。

 

肉体は動いていないはずなのに

脳みそに負荷をかけているせいか、

お腹はすくし、汗も多少はかくし、

喉も乾くんですよ。笑

 

没頭していると

水を飲むことも忘れてしまうので

脱水に気をつけねばと本気で思っています。


鑑定後は脱力感で

しばらく動けないことが多い。

 

同時に、

達成感と満ちる感覚にも包まれます。

 

最近は根詰めてやるってことが

できなくなったので、

1件のペースを落としつつ体調優先です。

 

自分の体に合う働き方を

ずっと模索してきたけれど、

40代半ばにさしかかり

やっとフィットしてきた気がします。

 

鑑定の仕事に派手さはないですが、

この仕事はまさに

「自分に向き合う」の極み。

 

人の鑑定をしているようで

実は自分の本質を確かめる行為なのです。

たまにふと考えるんです。

 

今世会うことが決まってて、

まだ会っていない人と会った時のことを。

 

会うことが決まってる人って

あと何人いるんだろう?と思うし、

 

年齢的にも、時間をかけて

関係性を育めるんだろうかと考えてしまう。

 

でもきっと関係を深めて行きたい相手も

この先会うことになってるだろうから、

 

その時のためにも

こういう素のブログを

残しておくのがいいなと思いました。

 

ゼロから全部リアルで伝えるよりも

はるかに早く自分の事を捉えてもらえそう。

 

 

ブログは自分の取扱説明書。

 

ブログじゃなくとも、

自分自身を表現しているツールは

1つは持っておきたいですね。

 

だからこそ自分を偽らずに

率直に素直に自分の言葉を紡いでいきたい。

 

ただの日記かもしれないけれど

未来への立派な投資だと私は思います。

毎年大河ドラマのオープニング曲を

楽しみにしているんですが、

 

はじめて曲を聞いた時、

「なるほど今年はこういう年になるのか」

とひとり占ってしまう人です。笑

 

一年を通してあるドラマですし、

その年の様相を表していると思えてなりません。

 

毎回ゾワゾワっと鳥肌が立ちます。

何なのでしょうこの感覚は。

 

ドラマは戦国時代の設定であり、

今年の丙午も火のエネルギーが強い。

 

しかも、偶然にしては

よく出来過ぎているなと思ったのが、

選挙という戦いが始まったこと。

 

揃い過ぎているし、

まさに今にピッタリではないか。

 

 

 

 

今年は過去の自分を超える、

「自分との戦い」の年なのかもしれません✨