自分の心の在りよう次第 feat.奇跡の○3歳 | ◆slow sweet◆

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keep in mind that I love you


今日は父の72歳の誕生日。

昨年、間寛平と同じ病気になった時、
「まだ死にたくない…」と泣くのを見てしまった。

私は、そんな父に、
感謝してもしきれないことがある。

。。。。。。。。。


タクシー料金を払う時に、
『手が白くてホントに綺麗だね』

サンダルから覗く足を見て友達に、
『色、白いっすねぇ~』

そう言われるたびに思い出す。

アトピー地獄の日々。


大学を卒業し、親の反対を押し切って、
憧れのホテルマンになり、
社会人として楽しかった日々。


突然のアトピー発症。

顔はかきむしって血がにじみ、
まぶたも腫れ、目は開かない。
かじるとジュクジュクした液体が出る。
手の指先から、足のつま先まで、
かさぶただらけ。


大人のアトピーは顔に出るけど、
私は顔も体も、全身に広がってしまい、
入院しなければいけないほど、
重度になってしまった。

今から20年前は、
アトピーもまだ知られてなく、
治す薬は無く、
抑える薬しかなかった。

24歳の女の子が、
一番綺麗でいられる時、
毎日が楽しく過ごせる時だったのに。


「なんで、あたしが…」って神様を恨んだ。


ホテルの屋上から、
富士山が見える駿河湾に、
飛び降りようかと思ったこともあった。


会社も休みがちになり、人前にも出たくなく。
会社を辞めようとしていた。
だけど、尊敬していた上司から、
『休職して治して戻ってきて欲しい』と言われ、

いったん、治療の為、静岡の実家へ戻る。



玄関で迎えてくれた両親が、
化け物みたいな姿の私を見て、
泣き崩れた。


「こんなになるまで、どうして…」



母は毎晩、象のような私の背中に、
泣きながら薬を塗ってくれた。


父は毎日、図書館へ行って、
民間療法みたいなものを調べてくれた。


病院では、体質改善の痛い筋肉注射と、
液体窒素で焼いたりする治療を繰り返したり。
大人でも泣くって言われたけど、
ホントに辛い治療だった。


今の私とあの頃の私は、
まったく違う人間だった。

結局、25歳で会社を辞めました。

本当は大好きなホテルマンの仕事を続けたかった。
でも、違う形で接客業の仕事はいくらでもあるし、
まずは健康を取り戻すこと!

あの頃の私に、

本当によくがんばったね!
って言ってあげたい。

親や兄弟、親戚、友達、
みんなにありがとうって言いたい。

。。。。。。。。。


そして、偶然にも、
父が自分の鼻炎を治すためにと、
紫蘇ジュースを作って、
『おまえも飲んでみるか?』


それが、ドンピシャ!

私の体から、
アトピーが消えていったの。


いろんなものを試してきたけど、
私には紫蘇が合ってたんだね。



その後、身体障害者の福祉課で10年働いた。

窓口専属の、この10年が、
私のキラキラの源になった。


障害者の方々と接することは、
毎日が勉強だったし、手話も覚えた。

10年以上前から私を知ってる、
同じ職場の男性に、


『おまえ、あの頃より美人になったよね?』
『年々、若返ってるけど、なんで?』


普通だったら、セクハラ発言になりそうだけど、

素直に喜んで『でしょ?』と笑ってしまうのが私です。



今では、背中も肩も真っ白、
ツルツルお肌。
吹き出物もない、
ノースリーブも着れる。

心も体も、毒が全部抜けちゃったみたい♪


地獄極楽は、胸三寸にあり。



24歳のあの時、
馬鹿なこと考えなくて良かった。



キュアラビや東方神起や、
ラムジや小久保淳平君や、

10年以上の付き合いの、
とっても素敵な美容院、
『plastic』 のみんなも、

福祉を通じて出逢った人や、
盲導犬たちも、

リアルな友達も、
ブログやツイ仲間も、

そして旦那様も。


こんなに素敵な出会いが、
待ってたんだから☆



あの地獄のような日々から、
20年が経ち、

私は今が青春だし、
きっとこれからも、
楽しんで行けると思う!


奇跡の○3歳(笑)



今が、地獄か極楽かは、
自分の心の在りよう次第。


お父さん、
この素晴らしい世界に、
あたしを送り出してくれて、
本当にありがとう。
いつも感謝してる。


72歳、おめでとう(≧▽≦)/~


◆slow sweet◆-ひろずんす

撮影者…父


この後、シャボン玉を、
ゴクゴク飲んで、
父、顔面蒼白となる(爆)