64歳にもなって子供じみてるかもしれない。
でも、愛されたかったし、大切にされたかった。
何か特別なことをしたいわけじゃない。
朝起きて、ご飯とお弁当を作り、洗濯物干して仕事に行き、帰って夕飯作り、洗濯物畳んで、お風呂洗って入って眠る。
そんな普通の日常の中で、くだらない話しをしたり、時には近くに出掛けたり、頑張ってお金貯めて、数年に一回くらい旅行に行く。
そんな人生を送りたかった。
話しを聞いて欲しかったし、話しをして欲しかった。
離婚をして、娘と2人になって そんな暮らしが簡単に手に入った。
経済的にも、余裕が出てきた。
2人で働いていた方が世帯年収は高かったのに、確かにローンと教育費が高い時期で、贅沢は出来なかったけど、外食くらいできたのに。
仕事仲間と高い所で食べることは日常なのに、家族にご馳走する気持ちや、習慣は無かったんだろうな。家族は与えてくれる存在だったと今は分かるけど。
あんなに切望し、我慢し、必死で話しかけ、尻拭いをし、無視されてたのを我慢した27年はなんだったんだろう。
子供達がちゃんと大人になった。その27年だった。
離婚して頼ってきた人に、自分の失敗は自分で取らなきゃいけないと言い、突き放した。
当たり前を当たり前に。
それだけ
この年になって初めて母にちゃんと娘として扱ってと伝えた。
多分伝わってない。
事前に連絡する、意見を聞く、受け入れて考えて答えを出す。答えが望むものでなくても、ちゃんと考えてくれた上での結論ならそれで良かった。
分かってくれてないだろうけど。
いつか分かりあえる人と出会い、助けあって生きていけたら、それが叶わないかもしれないけど、希だ。