久しぶりの投稿です。
生活はすっかり落ち着いています。
娘は、仕事が忙しく1人の時間がたっぷりあり、本当は、勉強すべきなんだけど、テレビみたり、ゲームしたりしてのんびりしています。
ところで娘の年収の方が私より上になりました。残業が一番大きいけど、正社員だから、ボーナスも出るしね。
お金は入れてもらってるし、いろいろ買って来たりして助けてもらっています。
でも家計費の多くは、私の収入から出ています。これって何?
ちょっと割り切れ無い思い。
でも、娘の負担を増やす気はありません。それより、将来の為に貯金、投資、勉強に使って欲しい。
一緒に暮らせるのも、後数年。だからね。
昨日は月を見てきました。
山ゆり事件を題材にした映画です。悲惨な画面や、厳しい内容に心折れたらどうしようと思ったのですが、それは杞憂でした。
ただいろんなことを考えさせられた。
感想をかきます。
まず役者さんがすごかった。
宮澤りえさん、普通のおばさんに見えました。皮膚はそれなりに歳とってたし、皺とか、たるみとか。
えー普通のおばさん、綺麗でもなんとも無い。どうした?というのが最初の感想。でも映画が進むにつれ、感情に引き込まれていく。割り切れ無い思いや、現実の厳しさに生きる普通の人に。
オダジョー、二階堂ふみ、磯村勇斗も良かった。
割り切れ無い悪意とか、思い込みの怖さとか、良く表現出来てると思う。
でも、オダジョーがいたから、最後まで見終えることが出来た。弱さの中に優しさや、強さをかんじれたから。これで全員が現実に翻弄される人しか居なかったら、辛いだけで終わってたかもしれない。
感じたことは2つ
一つは悪意。
オダジョーの勤め先の先輩や、障害者施設の先輩とか、全然考えたりしないで、人をバカにしたり、苦しめたりする。彼らは苦しめたいとか、困らせたいとか意思があってやるのでは無い。
面白いからとか、人が自分より良いものを持ってるのを許せないという理由で。
でも深く考えて無くて、感情や思いつきでやる悪意。相手は考えて無いから、言った方は残らない。でも言われた方は傷となってしまう。
もう一つは、人ってなんだろうと思ってしまった。サトくんが、殺して良いか悪いかの選別は、心があるか無いかだった。心があるか無いかは、どこで決めるかわからなかった。
犬や猫にも、多分ほかの動物にも、いろんな反応がある。怒ったり甘えたり。
喋らないからと言って心が無いとは思わないだろう。自分が理解出来ないからと言って、あるいは本能のまま行動したからと言って、心が無いと決め付けて良いわけじゃない。
認知症の人は?
心では無くて、一定のルールに従え無いなら、となったら、虐殺が始まる。
そこまで描いてなかったが、自分はどうするのか考えるきっかけになった。
