父の通夜が終わった。
お坊さんの話しに、姉が答える。
まるで下手な漫才だ。
不謹慎だと思う。
死を悼むべきなのに。
参列は家族のみ、父が望んでいた兄弟は来ない。
毎日お見舞いに行った、介護施設が良くしてくれた、頑張った自分達への労いが続く。
あの1カ月は辛かった。乗り越えたとの話し。
でも、その病院に半年入れたのは2人。病院名も教えてくれず、出してあげてと言った言葉に怒りまくったのも2人。
父が望んだからと、家は姉単独名義に、ハンコがあるから、貯金は無いらしいが、それも2人で。
65の姉が、家を助ける為に、5万家に入れてるらしい。母は感謝している。私は娘と2人で暮らしているが、娘は28で同額を家に入れている。私は当たり前だと思う。経済的自立は、自立の一環に過ぎない。
なんか、ズレ過ぎていて笑うしかない。
お姉ちゃん、お姉ちゃんと繰り返す母。
離れて暮らす私は、何もさせてもらえなかったし、何もしなかった。だから、偉そうに言うことはない。
お姉ちゃんがやってくれたから、という母。
大変だったという姉。
ありがとう、何もやれなくてごめんなさい という私。
茶番?
確かに、わたしは毎月帰りお見舞いに行くことしかしなかった。だから、何も文句を言うつもりも無いし、何も望んでいない。
姉が、食事の支度をしてくれてありがとうという母。洗濯と掃除しかできない という母。
でも86なら、できなくて当たり前だし、86で家事をするだけ偉いと思うのだが。それを言えば角が立つ。若い頃 一人暮らしをしてやり通せず、実家に戻り甘やかされてきた姉。
母も高齢だ。おそからず母の介護がはじまる。あるいは亡くなるかもしれない。でも、これで距離が取れる。
寂しくなったが、自由にもなった。