介護の話しは重いので、あまり話しをしていない。


特に私の問題は、抱えきれない母親と、それを支えるには力が足りず、怒りながら必死で逃げないで頑張る姉、少し距離をおく私。

力不足の結果、一番大切にしなきゃいけない父が被害者になる という構図

救いが無い。

私もこの渦の中にいる。

なんとかしなきゃと焦って、ますます状況を悪くすることは辞められたが、悪者になり責められるという立場からは抜けられない。


その中で、限られた友達だけ、相談したり、愚痴を聞いてもらっている。

彼らは嫌がらず、黙って受け入れてくれる。

嬉しいのは、聞くことしか出来ないけどいつでも聞くよ、と言ってくれること。

嫌な話ししかないから、出来たら話ししたく無い。でも抱えきれないから、話しを聞いて欲しい。

そんな矛盾した感情を黙って受け止めてくれる。

アドバイスは絶対しない。それも有難い。

私が行動することを彼らは、知っている。努力することも、人の為に動いて来たことも。

出来ないのは、事情があるからだ。と分かっているからだろう。

彼らは、私が人のせいにしないことも分かってくれている。とそう思う。


昔元夫が、前勤めていた会社が倒産して、そこの同僚に自分から電話してアドバイスしていたのを聞いて、非常に不愉快だったのを思いだした。

優しい言葉、励ます内容。

表面上は良い人だ。

でも、そこまで心配しているなら、帰省して励ましてあげるべきだ。何か行動すべきなのだ。でもそこまでする気は無い。アドバイスする偉い、優しい自分が好きなだけ。

相手の方は、大人だった。怒りもせず、関わりもしない。

それで済んで良かった。


人との付き合いは距離感が大事だと思う。家族に話せ無いのは、重荷を与えたくないから。


このブログ、嫌な自分、ダメな自分、悲しいけど何も出来ない自分の感情を吐き出すことに使わせてもらっています。

不快な思いをしたらごめんなさい。でも、溜め込んだら自分を自分で潰していく。

逃げ場なのだ。