英語で名前はnameですけど、ローマ字にするとnamae

よく似てます。

 

名前も人名、地名、商品名といろいろありますが、人名でいうと同姓同名というのは

よくあります。

下の名前だけならともかく、氏名も一緒というのは混乱しますね・・・

病院で呼ばれた時とか・・・

驚くことに、芸能人でも同姓同名がいたりするんですけど、これはもう後の方が

気を使って変えるべきじゃないでしょうか?アハハ

野球の選手でも、時々同じチームにいたりしたこともありますね。

お相撲さんは、歌舞伎役者、落語家と同じで後を継いだという意味で、時代は変われど同名は別に珍しくもないですね・・・

 

さて地名ですけど、これが混乱するんですけど、

神奈川県に、新宿(逗子市)渋谷(大和市)浜松町(横浜市)軽井沢(横浜市)があるんです。

ウチの近くで言うと都筑区茅ヶ崎

こんなの探せばいくらでもあるんでしょうけど・・・

面白いもんで、都筑区茅ヶ崎から中原街道を海の方へ延々走ると、いやマジかよ!

あの湘南、茅ヶ崎市に着きます。

 

あとウチの近くに“たまプラーザ”というところがあって、通称“たまプラ”で通ってます。

ある奴が「たまプラで待ち合わせ」と言ったのに、聴き間違えて“鎌倉(かまくら)”

へ行ってしまったらしい!!(まさかね!!)

 

単なる勘違い、思い込みですけど・・・オレも昔“幡ヶ谷”で待ち合わせと言われたのに“幡”の字が頭に残って、“代々木八幡”へ行ってしまったことが・・・

 

これ多分前にも言ったでしょうけど・・・

カミさんのオフクロさんが石川県から来て、車で横浜を案内してたら、“まっすぐ行くと金沢”の看板が見え、そこで一言

「あら横浜と金沢って意外と近いんやね」(お後がよろしいようで)

 

そういえば、青森県に横浜町というところがあるそうで、調べてみたら

横浜市よりも昔から存在してた名前らしいです・・・

 

さてその横浜市ですが、ペリーの黒船が来た頃は、横浜村と呼ばれてたらしい。

これは聞いた話ですけど、当時は今の鶴見・神奈川の“横にある小さな浜”で・・・

では何故、港を横浜にしたかと言いますと、アメリカは鶴見・神奈川のあたりに開港を迫ったが、幕府としては“ちょっと江戸に近すぎる!!”ということで、

苦肉の策として“もうちょっと遠い横浜”に決めたらしい。

 

歴史のいたずら?が、現在のマンモス都市“YOKOHAMA”を生んだんですね・・・

これが鶴見に開港してたら、「ブルーライト・ツルミ」?「つるみ たそがれ」「港のヨーコ・ツルミ・ヨコスカ」だったかも?

 

幕末期の横浜(何処だかわからん・・・)

 

 

話の途中で“ついこの間”ということが良くありますけど・・・

“ついこの間”って一体いつ頃?

勿論個人差はあるでしょうけど、この歳になるとものすごくアバウトというか?

幅があるような気がします。

 

その事柄にもよりますけど、何年に一度のイベント、例えばオリンピックとかは

節目があるんで、“ついこの間”はせいぜい2大会前くらい?

野球のペナントレースも、どんどん記憶が薄れていくんで、カープの3連覇を

まさか“ついこの間”とは思いませんね。

 

ではそれがとってもいい加減になるのは何か?

と言いますと、昔は夢中だったけど、今はそうでもないというヤツでしょうか?

ズバリ 昔は見まくっていた“映画”

聴きまくっていた“歌”(両方とも平成の初め頃まででしょうか?)

まあこれでしょうね・・・あの夢中だった時から、時が止まってしまってる?

それだけ最新の映画や歌を知らなくなってしまったんでしょうね・・・

 

映画で、自分にとって“ついこの間”は笑われたことがありますけど、

「バック・トゥー・ザ・フューチャー」と「ダイ・ハード」

歌は何でしょう?

最新ということになれば、「世界にひとつだけの花」かな?

歌の宅配便で、それ以降の歌で歌ったのはほぼないです・・・

歌に関して、昔からよく言ってますけど

「We are the world」からもう“40年”!!!

これが何といっても信じられない!!!

 

昭和歌謡・海外ポップスをひも解きますと

1989年(平成元年) 「川の流れのように」  “37年前”

1985年(昭和60年)頃 「愛燦燦」 “41年前”

1980年(昭和55年)頃 「ルビーの指輪」 “46年前”

1975年(昭和50年)頃 「シクラメンのかほり」 “51年前”

1970年(昭和45年)頃 「また逢う日まで」  “56年前”

1965年(昭和40年)頃 「君といつまでも」「イエスタディ」   “61年前”

1960年(昭和35年)頃 「上を向いて歩こう」

              「好きにならずにいられない」  “66年前”

1955年(昭和30年)頃 「高原列車は行く」「ダイアナ」 “71年前”

1950年(昭和25年)頃 「青い山脈」「テネシー・ワルツ」  “76年前”

 

歌の宅配便でこれらの歌を歌うと感じますけど、これらの歌はもう立派な

昭和の文化財産で、ほんとに詩も曲も素晴らしい!!

歌としての完成度が高いとつくづく思います。

それも年月に色褪せず、むしろ輝きを増してる?

まるで心の夜空に輝く“きら星の如く“ 人生の宝とも感じますね。

 

さて冒頭に戻りますけど・・・

自分にとって“ついこの間”とは?

・・・・・そうですね・・・・「君といつまでも」・・・くらいでしょうか?

アハハ

 

※「上を向いて歩こう」のレコードを買ったのは、この子たちの歳くらいだった

  かな?

 

 

記憶にも力の大小があるのか?

あるよ・・・と私は言いたい。

人によって、それもかなりの差がある。

これは、バカと利口とは違うかも知れませんが、記憶力が悪い人はそれだけで

頭が悪いと言われそうで・・・

 

いや実はオレ、記憶力が悪いんですが、ウチのカミさんは「何でそんなこと覚えてるの?」とビックリを通り越して呆れるほどなんです。

例えば、いつもよく使ってるお皿

「それ〇ちゃんの結婚式の引き出物だよ」と突然言い出す。

・・・・申し訳ないけど・・・全く覚えてない・・・

と同時に、よく覚えてるな!!と感心しきり

あとよく韓ドラを見るんですが、いきなり登場人物を指さし

「あの人、〇というドラマの〇という役で出てた」とよく言いだす。

・・・これも申し訳ないけど・・・主役でもない限り・・・ほとんど覚えていない・・・

 

記憶力って?

覚えてる力なのか?心の引き出しに仕舞ってある記憶の何かを取り出せる力なのか?

大体何でも覚えてたら頭が疲れて仕方ない?

とりわけ悪いことばかり覚えてたら、心が休まるはずはない!!

人間の心ってうまく出来てると思いますね。

楽天家 悲観家(そんな言葉ある?)

他人のことはわかりませんが、自分のことはある程度分かるわけで・・・

・・・そんなことを思ってると、半生をいろいろ思い出します。

人には言えない悪い記憶が次々と蘇ってきたりするわけで・・・まいります。

 

ひとつ言えそうなのは、“自分の好きな事”の記憶力は多分誰でもいいでしょうね?

オレの場合、好きだった歌、野球選手、お相撲さんは永久に記憶から消えない。

年寄の会話で「ああアレ アレ」のアレは、1年間名前を呼ばなかった人や物なんでしょうね・・・

 

ウチのカミさんの話に戻りますが、記憶力女のくせに、道の覚えが悪い!!

センター南から徒歩10分の所へ久しぶりに行くのに、オレが書いた地図を持って行く。

それでも間違えるんだから、始末に負えない・・・

病院の行き帰りも、ちゃんと説明してるのに間違える!!

昔、何だっけ?

自分で車運転してる頃、渋谷のNHKへ向かっていたら、気がついたら“小田原方面”と出ていた?

ここまで行くと意味不明???

多分目黒付近で、第2京浜の表示板にもしかしたら“小田原方面”と出てたかも?

 

先日、ホントに久しぶりに渋谷・新宿に行きましたが・・・

もう記憶力もへったくれもない状況でした!!

降り立った東横線の渋谷駅は地下到着・・・

右も左も看板だらけで、A3とかB7とかそこら中に入り口・出口だらけ!!

山手線はどっちなんだ!!の心の叫びに、昔のおなじみだった渋谷の記憶は完全に

クラッシュして、10分以上グルグル回ってやっと山手線ホームへ

そこで見た光景は、至近距離の“工事現場”

「えっまだここに何かビルが建つんか!!」

原宿・代々木を通過して新宿に着きましたけど、ほとんど同じ状況・・・

どうしたら表に出られるのかがよくわからない!!

西口に出たけど、京王・小田急の位置が記憶から消えている!!

やっと表に出て空を見上げたら、ビル・ビル・ビル!!

あとあまりに人が多くて、それだけで疲れた!!

 

疲れる文章ですみませんでした・・・お疲れ様でした。

 

最後にひとつだけ“いい話”

何日か前から、ウチの窓際で“ホーホケキョ”という声が・・・

はじめなんかのデジタル音かと思ったけど、いやビックリ!!

窓下の竹やぶの中で本物の“鶯”のさえずりなんです!!

人間社会に疲れた身と心に響く天使の声? いやぁ癒されます!!

 

 

時代というのは恐ろしいもので、X年前の常識が気がついたら非常識に・・・

ということがよく起きる。

 

と同時に、“まさかあれが無くなるとは!!”

ということが起こるんですね。

 

電話帳・・・若い人は、ダイヤル電話の掛け方がわからないと聞きましたけど、

電話帳も多分知らないでしょうね。

めちゃくちゃ分厚くて重い!!

とにかく東京の電話帳なら、電話をもっている人がすべて記載されているんですから

恐ろしいでしょう?

子供の頃、髙木茂(オレの若い頃の名前デス)を東京の電話帳で調べたら、

52人いました。

電話を所有してる人がそれだけだと、日本中には一体何百人?

そんなこと考えた記憶があります(笑)

 

その電話帳が無くなるそうです(・・・というより、まだあったの!!)

タウンニュースもなくなるそうです・・・

 

渋谷は、東急に次ぎ今度は西武が閉店とのこと

はっきり言って、俺らの時代の渋谷は、東急のれん街・プラネタリウム・ハチ公

久しぶりに渋谷に行きますと、“ここがどこだかわからない”くらい変わった!!

まさかハチ公が無くなることはないでしょうけど・・・

都会ではまだあるんでしょうけど、港北ニュータウンではとうとうレコード店が

無くなりました・・・

以前は3,4件あったのに、最後の1店が先日閉店・・・

 

縁起でもない話なんで、言葉にはしませんが・・・あって当たり前のアレもコレも

数年後にはもしかしたら消える?

そんなイマジンはちょっと悲しい?

 

今の時代、電車乗ると10中8,9スマホですけど、先日夕方出勤時、遅れてきた

夕刊を電車の中で開いたら感じたこと・・・

「あんた何してんの? タイムマシンに乗って昭和から来たの?」

そのくらいの違和感でした(苦笑)

今の電車、当たり前だった週刊誌の広告もないし・・・

(新聞にはまだいっぱい載ってます ということは週刊誌って根強い!!)

 

街を走ってると車も変わりましたね!!

特徴あるデザインが減った!!

国産車も外車も区別がつかない・・・

個性あったフォルクスワーゲンもジャガーも、当たり前の今のスタイル?

第一、   ベンツとBMの区別がつかないくらい似ている・・・

 

最後にひとつ

今日音楽の五線譜が無くなったので、100円ショップを3件回ったけど

見当たらず・・・(昔はあったんです)

これは時代というより、単に需要が減ったからでしょうけど、オレにとっては必需品なんで困る・・・

 

生々流転と言いまして(英語だとAll things must pass ///by George Harrison)

形あるものは必ず変化します。

これは自分自身を見ても感じますけど、ただこの世の中で変わらないものもありますね・・・

 

・・・それは・・・自然の風景と己の心でしょうか?

 

まだ発展途上???