こんにちは、今回はこのブログで解説してきた国の中央の変遷について推論をお話させていただきたいと思います。
要約を先に載せておきます。
①岩手県北上市で大倭日高見国が始まる。
②石川県金沢市で耶靡堆国が興り、神山を三輪山と名付ける。
③岐阜県で大地震・疫病発生。伊弉諾尊が飛騨高山で伊弉冉尊と結婚し、子どもたちを連れて桜井市へ移動。
④奈良県桜井市の高台・笠に皇居を構える(当時奈良盆地は湖のようだった)。
⑤宮崎県・奈良県
饒速日尊が皇統を継ぎ、耶靡堆国を耶馬臺国と改め、桜井市の神山を三輪山と名付け、自らを大物主大神と称した。
⑥神武天皇が九州から遠征。大物主大神は皇統を譲り、孫娘を嫁がせる。
⑦~⑨ 青森・岩手・埼玉を経て、孝元・開化天皇が三輪山を奪還。
⑩崇神天皇の時代に三輪神社(大神神社)創建。西暦581年、聖徳太子8歳の頃に**大三輪寺(三輪山平等寺)**が開基され、大和朝廷が始まる。
⑪京都府
藤原京・平城京などを経て794年、平安京が開かれ約1075年間首都に。
⑫東京都
1869年、明治天皇により東京奠都。現在に至る。
①岩手県
岩手県北上市で大倭日高見国が興る。協和政治で米の国民配当が行われていた。
②石川県
石川県金沢市で耶靡堆国(やまたいこく)が興る。神山を三輪山(みわやま)と名付ける。
③岐阜県
大地震と疫病が発生し、大倭日高見国の皇子伊弉諾尊(いざなぎのみことが)飛騨高山に救援に行かれた折り、飛騨の女王伊弉冉尊(いざなみのみこと)と結婚し、子ども、大日孁貴尊、月読尊、素戔嗚尊を連れて大人数で奈良県桜井市へと向かう。
④奈良県
奈良盆地は広海、湖のような状態で、盆地から水を出す灌漑事業を三嶋溝抗神がなされていた。奈良盆地は彼の所領する所で、伊邪那岐尊伊弉冉尊の一行は三輪山の麓には降りてこれなかった。奈良県桜井市の高地にある笠(嵩)に皇居を構えた。
⑤宮崎県
素戔嗚尊が幼少のため、天照大神の位を大日孁貴尊が継承。素戔嗚尊が高天原から追放され、島根県出雲にて活躍。大国主尊と大日孁貴尊の五男熊野久須毘尊が三輪山のダンノダイラで争い、熊野久須毘は谷に落ちて亡くなる。この事件を忌み、大日孁貴尊の長男天忍穂耳尊は天照大神の位を継がず、天忍穂耳尊の長男饒速日尊が皇統位を継承、大日孁貴尊から、皇統位継承の徴である十種神宝を授かる。この後天照大神饒速日尊は出雲に向かい、大国主尊の娘天道日女尊と結婚。天香具山尊を儲ける。また、九州に赴き、大山祇神と会談して、九州は耶靡堆国の中の一つの国となる。天照大神饒速日尊は帰還後、三嶋溝抗神の娘活玉依姫尊(三炊屋媛)と結婚し、宇摩志麻遲尊と玉櫛姫尊を儲ける。天照大神饒速日尊の弟邇邇芸尊が天照大神饒速日尊の治めた九州に赴任して(天孫降臨)、大山祇神の娘鹿葦津姫尊と結婚する。九州は耶馬壹国(やまいちこく)となる。天照大神饒速日尊は国号を耶靡堆国から耶馬臺国と改め、奈良県桜井市の神山にあらためて三輪山と名付けた。この時天照大神饒速日尊は、自らを大いなる光を持つ者、大物主と称した。人々は大物主大神として彼をあがめた。玉櫛姫尊は大国主尊の長男八重事代主神と結婚し、伊須気余理姫尊(媛蹈鞴五十鈴媛尊)を儲けた。
⑥奈良県
やがて耶馬臺国の首都三輪に、邇邇芸尊の曾孫の佐怒彦(後世に言う神武天皇)が九州から遠征してきた。大物主大神饒速日尊は神武天皇に皇統位を譲り、孫娘の伊須気余理姫尊(媛蹈鞴五十鈴媛尊)を嫁がせた。大物主大神饒速日尊の息子宇摩志麻遲尊は神武天皇の重臣となった。
⑦青森県
三嶋溝抗神の息子登美明国(長臑彦)は大物主大神饒速日尊の重臣であり、元々の三輪山の主であったが、神武天皇を拒み交戦した。大物主大神饒速日尊の説得を受け、青森県弘前市に隠居し、改めて五王の制度を布いて、国号を日ノ本とした。
⑧岩手県
神武天皇の息子の第二代綏靖天皇は長臑彦を追い青森県へ、第三代安寧天皇、と続き、第四代懿徳天皇が日ノ本(日高見国)の王となった。第五代孝昭天皇、第六代孝安天皇と続き、第七代孝霊天皇の時に、日高見国は関東まで及び、日高見国の長老たちは別の人物を擁立したため、孝霊天皇は日高見国首都を出ることとした。
⑨埼玉県
埼玉県秩父市を拠点として孝霊天皇は、日高見国の長老たちと対峙した。次代の第八代の孝元天皇は出雲王国と共同して、那古野(名古屋)の栄で日高見国軍と戦い、これに打ち勝ち、三輪山を取り戻した。次代の第九代開化天皇は三輪山に立君し、その時代は奈良県桜井市を中心とした耶馬臺国であり、また大倭日高見国を称した。第十代崇神天皇の時に、政教分離が行われ、三輪山をご神体とする三輪神社(三輪明神大神神社)が大国主尊の子孫の大田田根子により創始された。以降出雲教となる。第十一代垂仁天皇の時に皇女豊鍬入姫と倭姫が三輪山に祭っていた天照大神の鏡を、二十七か所転々として出雲教から守り、辿り着いた地が、三重県志摩市磯部町の千田という。
⑩奈良県
西暦581年、日高見国軍が5万騎の大軍で飛鳥に集来。中国隋の仏教により世界を治めるという冊封体制に従い、西日本もこれに倣うようにと日高見国王安東が直々に耶馬臺国に来た。西日本側の交渉人は大臣であった蘇我馬子であった。甥の聖徳太子はこの時8歳で、「皇祖天照大神大物主大神饒速日尊」を渡来仏である十一面観世音菩薩として三輪山に祭ったのが大三輪寺、三輪山平等寺の開基。この年に、飛鳥雷丘の東の原に営まれ始まったのが大和朝廷。
⑪京都府
飛鳥京、難波宮、新益宮(藤原京)、平城京、恭仁京、紫香楽宮、長岡京と変遷し、794年、桓武天皇により平安京が開かれる。約1075年間日本の首都であった。
⑫東京都
1869年東京。明治天皇により奠都。現在に至る。
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