やはりちょっと触れないといけないだろう・・・・。




第93回全国高校野球選手権大会に三重県代表として出場する伊勢工の2年生部員が万引きをしていた問題で、県高野連の佐竹真一理事長と同校の落合英次校長らが2日、同校で記者会見し、落合校長は「関係者には多大な迷惑をおかけした。高野連には逐一報告し、指導を受けた」と述べた。

 佐竹理事長らによると、万引きに関係したのは2年生部員の8人。6月16日夕、8人は練習を終えて近くの商店に行った。しばらくして3年生が店に行き、物を取ろうとするような2年生の不審な動きを目撃。翌日、この3年生が主将に報告して問いただしたところ、数人が菓子を万引きし、8人で分けて食べたことなどを認めたという。県高野連から報告を受けた日本高野連が6月22日、野球部に対し口頭で厳重注意したという。

 会見には日本高野連審議委員を務める柴原高雄・県高野連顧問も同席。「日本高野連では3年生は関与していないことから、最近の例も踏まえて、対外試合の禁止ではなく厳重注意にしたと思う」と述べた。

(2011年8月2日 読売新聞)




NETでたくさんの非難の書き込みがある。
簡単にいえば「出場を辞退しろ」である。

うわべだけの正義感傍観者の無責任な投稿を目にした。

しでかしたことは立派な刑犯罪である。

それを100%承知して一旦棚の上に挙げて話を進めることとします。



この記事の流れ、おかしいと思わないですか?


同県人としてかばうわけでもないが、『元高校球児』としての率直な感想は


「やられたな・・・・・」


ですね!



事件は6月16日に起こったとされている。
そこで、すぐさま報告。
6月22日には高野連から通達が来ている。


これでこの問題は審判されたのだ。


だから、県大会に出場しそしてそこで優勝した。




全国的にニュースとなったのは8月1日。



なぜ1ヶ月と少し経ってから広まったかはご承知のとおり「甲子園出場」が決まったからですね。



じゃ~優勝しなかったらこの事件はどうなっていたか?


6月22日の厳重注意の通達で済んでたはずです。




こんなマイナーな事件を誰がリークしたのか?




必死に戦った3年生が自ら窮地に立つようなことをするか?

多分しないと思う。

その親が戒めとして情報を流すか?

それもないと思う。




近場で考えられるのはベンチに入れなかった選手、もしくは親。

そして、ベンチ入りして試合に出ている選手との不仲な選手もしくは親同士の不仲。


考えたくないが、どこからか情報を仕入れた決勝で負けたチームの関係者。


前者は「腹いせ」ですね。

後者はあわよくば「繰り上げ出場」の可能性ですね。


これは、疑われても仕方ないことです。

表沙汰になったタイミングを考えればそう考えてもおかしくはない。



もうひとつ考えられるのは「私は知ってます!」と事件を耳にした関係の無い第三者。

その第三者には何の利益もないが自分が知っているという自己満足だけでその第一報告者という名誉じみた脚光を一瞬だけ浴びたいがためにそうしたとも考えられる。




無名・強豪、どんな高校の部活の生徒でも全員が「優等生」であることは少ないはずだと私は思っている。


喫煙・飲酒・無免許運転・部内暴力・万引き・繁華街補導・いじめ・・・。




今回の事件も「起こりうる中の一つ」として考えられる。



つまり、その対処が伝統的にまたは教育的に行われていたかどうかであることだろう。




制圧的な教育が問題視されて数年「自主性」を盾にモンスター達に守られて過ごしてきた子供たちとその親が引き起こした両面でもあると思っても見る。




現代は情報発信機器が発達し個人でも手軽に世間に向けて発進することができる便利で怖い世の中である。



であるなら尚更、細心の注意をもって行動しなければいけないはずなのにそれができていない。



今考えてみれば私の高校時代は今回の事件のあった6月に2週間の強化合宿として宿舎に缶詰状態で野球漬け。

そして夏の大会前日より選手達は臨時宿舎から大会会場へ向かう拘束状態。

そして優勝し1日だけ帰宅許可が出て翌日からまた宿舎に入りそこから甲子園に向かった記憶がある。


下級生の時も街の中心街などには大会期間中は素早く通り過ぎるようにとの注意などもされていた。


これによって仕掛けられることがないような策を打ってたのだろう。




何にしても今回の事件は当事者チームであり被害者チームでもあるように感じる。

しかし、当事者チームでなければ被害者チームにもならないことも言える。




ここで肝心なことは野球部での野球以外の教育が何よりも必要であることである。

元を正せば少年野球・中学野球で分別を付けさせる教育をしっかりさせてきたかどうかで決まるのではないだろうか?




原点の『礼儀・挨拶・上下関係・言葉遣い・感謝の気持ち』





出来てないものはそうなる可能性が高いと私は思います。