yahoo知恵袋より、転載&合体
宗教法人法改正の審議で池田大作が、国会に呼ばれそうになった時の公明グループのあわてぶりと対決姿勢は、尋常なものじゃなかった。
そもそも国会喚問と参考人招致は違うわけで、(証人)喚問は「証言」で嘘をつけば犯罪になるが、参考人招致は「意見」を聴取するだ。
話した内容に法的責任がついて周るわけではない。
喚問に比べたらぐっと気楽なはずである。
それでも池田は国会招致に出てこなかった。
他の候補者(5人)は素直に応じたのに池田だけが拒否したというわけだ。
何故だろう?
理由を考えてみた。
一つには、池田自身が(内部で虚勢を張るのは得意でも)議員の向こうを張るだけの度胸もなければ、才覚もないってことを自覚しているのだと思う。
ひたすら逃げるしかない。
もう一つは、そんな姿を見た信者の池田に対する帰依心に動揺が、走っては困るからだ。
映像は怖い。
人は、その人の立ち居振る舞いを見て、人間性を推し量る。
もし池田が答弁すれば、汚職政治家の国会答弁も色あせるほどの厚顔さと、品性のなさに、視聴者の眼は釘付けとなったことであろう。
一般のメディアは聖教新聞とは違って池田を宣揚してくれない。
等身大を描写するはずです。たとえば、、、
昭和57年10月16日付讀賣新聞23面より抜粋
>>この日の池田氏は検察側尋問には、証人席に深々と腰かけ余裕をもって答えていたが、弁護側尋問に移ると、身を前に乗り出し、時に机を何度もたたきながら「どこにそんなことが書いてあるんですか。見せて下さい」などと興奮気味に詰め寄るシーンも何度か見られた。
最後に、秋山裁判長が学会の体質にまで踏み込んで尋問を始めると、時に顔を赤らめながら懸命の弁明。いつもの宗教者の顔がすっかり影をひそめたこの日の池田名誉会長だった。<<
昭和57年10月27日付讀賣新聞夕刊14面より抜粋
>>また、池田氏は山崎被告を闇(やみ)の帝王と呼んだことを認めた上で、その理由を「家に帰らない。銀座に遊びに行くなど、はっきりしない部分があったからだ」と説明。
弁護側が「夜遊びをするということか」とたたみかけると「夜は闇だから」と答えて、傍聴席に失笑が起きる場面が見られた。<<
机を何度も叩くという「キレる」行動を取るのは、自分の気持を
表わす適切な言葉が、スラスラと出てこないからだ。
傍聴席から失笑が起きるのは、ボキャブラリーに乏しいからである。
懲りたのだろう。なるほど国会に出て来られないわけだ。
「鎖」が外れた途端に、尾を垂れてしまう犬がる。
自分と主人のきずなである「鎖」があると強い犬も、主人を意識させてくれる鎖がないと野良犬と同条件になってしまう。
頼れるのは自分の力でしかない、と知った時、いつも居丈高に吠えていた犬が、自分の力の弱さを感じて尾を垂れるの図だ。
