今日、震災から一年。
テレビで色々とやっているけど
ダメだ、シャボンは見れないよ。
あのね、
ブルから話は聞くんだ。
ガレキがね
まだまだ撤去できなくて
復興、復興といわれても
義援金だ、義援金だといわれてるけども
放射能を含むガレキなど
そのままで
一体、一年も経つのに
何が復興だ!と。
阪神大震災とは規模が違うが
阪神大震災のときは
それこそ、各地からガレキ撤去!と
出来たはずの事
一年でこれだけ復興できるんだな
と、出来たはずだったのに
規模が違うのと、放射能を含むガレキと言う
厄介なことが重なり
茨城県でのガレキもなかなかだという現実。
ブルが仕事で出張。仕事用でガレキを写した写真がある。
何枚も何枚も写ってる写真は全て
とんでもない山だ。
ガレキを受けようとしても、色々なことが大変で
未だに撤去できないでいる。
阪神大震災のとき
ブルは、瞬時にひよりとシャボンの上に覆いかぶさり
揺れが止まってから
棚から落ちたガラスの破片を踏んでまで
慌ててドアを開け、いつでも避難できるように
すぐ逃げ道を用意した。
あの日、本当は神戸に仕事で行く事になってたブルだった。
行っていたら、ブルはどうなっていたかわからない。
今の自分の仕事は
復興に協力できる仕事なはずなのに
出来るようにしているのに
国は何をやってんだ!!
こんなに歯がゆい気持ちはない
と、ブルはテレビを見ている。
シャボンは映像は見ることができない。
あの日から
リアルな映像は見ることが出来ない。
大事な人を亡くした人の言葉を聞けない。