今日は ちと真面目に
書こう~♪のシャボンです。
この一週間、シャボンは毎日 車に乗りました。
その中で 自分と言う人間の、
中の中の中ーー!くらいの中と
向き合ったように思います。
教習所の毎日は 本当に大変だったんだ。
坊主が病気になったりしたら どしよ・・・
気にする事は たくさんありました。
そして、家との両立が 何より大変でした。
ただ、早く免許を取らないと・・・
その気持ちだけで 通っていたように思うんだ。
それが、卒検も合格し 試験場の試験も合格し
良かったーーーー!!と感じたのは間違いなく
やっと色々から 解放されたーー!!とも思い、
免許証を見て「うれしっ♪」と思ったシャボンもいました。
「これで 視野が広がるよ!」
「運転ライフだ~!!」
そう 周りに言われてもピンと来ないシャボンで
今も尚、運転が楽しいとは 思えないんですな。
あれれ? そう思った。なんか違うな・・と思った。
皆が想像するような そんな気持ちにはなれないし
もちろん、それは初心者と言う慣れない中での運転だから
そなのか?みたいに思ったんだけども
違うんだ。この一週間で 違う!と感じたんだ。
シャボンは「安心」を手に入れたんだ!
そう感じたんだ。
皆が普通に持つ運転免許証。
それが普通20歳くらいで取って、そのまま結婚し
子供が出来、育児をしていく普通の中で
シャボンは この辺りでは かなり苦労した。
子供がケガをする。子供が夜中に熱を出す。
学校から子供が熱を出したから迎えに来て欲しいといわれる。
旦那が風邪をひく。
色々とあったとき、シャボンはいつも不安の中だったんだろうと思う。
「友達に車を出してもらおう」
「旦那に早く帰ってきてもらおう」
「今のうちに病院に連れていかないと 明日は
友達が捕まらないかもしれない。旦那も遅いかもしれない」
色々な不安が そのとき、そのときに 自分が全然気づかないくらいに
普通に そのとき、そのときの不安と戦っていたんだと思う。
坊主がストーブに手を置き 手の平が真っ赤にヤケドをした事があった。
自転車で近くの病院に 泣き叫ぶ小さい坊主を
子供用の前のイスに座らせ
冬だったから、冷たい風が当たるように
「風よけ」を わざと外し
片手で坊主の手を風に当てながら シャボンは必死に
自転車をこいだ。
娘が熱中症で倒れたときも 自転車の後ろに乗せ
娘のダラリとした両手を自分の腰に巻いて握り
落ちないように必死に自転車をこいだ。
旦那がインフルエンザになったときに
なぜ、自分が運転して病院に連れていけないんだ・・・と
何処かで 自分の知らないところで 悔しい思いをしてたのか?
そのとき、そのときは 必死で 全て対処をしていた。
もう・・・そんな事はないんだ・・・・
この一週間、毎日 車に乗って練習していくたびに
運転に対する自信など 全然当たり前に無いんだけども
皆が想像するような「視野が広がる」と言うような
大きな事なんかじゃなくて
何がシャボンの中で違うかを整理すると
「安心」を手に入れたことに気づいたんだ。
何処か、自分の隅に いつもあっただろう
「どうしよう」は
気づかなったけども 運転できない自分が大きくあって
毎日の中で そんなに不安となっていたのか・・・・と
思うほど 力が湧いてくるのを 気づいた一週間だった。
自分の中で 判明している不安と言うものと
気づかないでいる不安と言うのがあって
シャボンは免許証をもらって初めて、自分の中の中にいた
気づかなかった不安に 気づいたんだ。
シャボンは結婚して 旦那母を看てる時も
喘息で病院に連れて行かないといけないときや
色々とあり
その時々に、旦那に仕事を早く終わらせて車を出してもらうことを
何処かで シャボンは嫌だったんだな。
私が運転できたら・・・・と思いながら
バタバタする毎日の中で 何かあるたびに
その不安が出たり 消えたりを繰り返し、いつのまにか
自分ですら 気づかないくらい普通になり
不安であることすら分からないまま、毎日を送っていたんだ。
気づかない不安があって その不安がスッパリ消えると
新たな力が湧いてくることにも気づいたんだ。
達成感とか、自分に自信が湧いたとか そんな大きなことじゃないんだ。
一番近い言葉では「元気が出る」と言う感じかな。
不安が無くなると元気が出る。
まだまだ 判明してる不安もあるし
気づいてない不安もあるんだろうな、シャボン。
この免許は、間違いなく シャボンには意味のあるものだった。
間違いない!
↑
今日 旦那にそう言ってお礼を言ったのさ。