子供らを パパさんに預けて
友達と
飲みに出掛けたシャボンです。

何を食べようか~♪
日頃 食べれそうにないような物を 頼むべきだ~♪とか
なかなか決められないシャボンに代わって、
友達が決めてくれたり~♪

結構 飲んだんだ。
なんかね、全然 飲めるんだ。
一年前。
一年前のシャボンなら
たぶん 飲めなかったように思うよ。
飲みに行くとして
発作が先に気になってたし
途中で 飲んでて
キツイ発作が来たら
カラオケなら 部屋を一旦 出るくらいだ。
だから
シャボンは 誘われたとしても
旦那がいなかったら
断る事が多い。
行く前に よく 薬を飲んで行くシャボンだけども
今日は飲まずに行ったんだ。
いや、正直 薬を忘れてたのさ。
9時くらいには 帰るつもりだったんだけど
友達の旦那さんも
シャボンの旦那も
「ゆっくりしてきたら~♪」
と 言ってくれるしね、
互いに 良い旦那持ったよな~♪
と、飲む、飲む。
行きは 友達の旦那さんが
送ってくれて
「もしも~し、もうすぐ帰る~♪」
で
帰りは シャボンの旦那が迎えに来てくれた。
4時間半。
11時に
「今日はこれくらいにしとくか♪」
で お開き。
店が 若い子などで ざわつく中、
普通に こうして友達と飲んで食べる。
待っててね♪と
シャボンが行動出来るのを
待ってくれてる人に
少しずつ
お待たせ~♪と
出来るような自分になってきて嬉しいっさ。
何故 ここまで来るのに
時間がかかりすぎたか。
シャボンが遠回りして
鬱病やパニック障害のトンネルから
何故 なかなか 抜けだせなかったのか。
シャボンにまつわる 色々な事を
自分で!自分で!と
日々 ガス欠のまま 走ってたからさ。
無理は無理です~♪
私は完璧じゃございませ~ん♪
「ありがと!心配してくれて♪」
「ありがとー!やってくれて♪」
出来ない事を 助けてくれた人に
理解を少しでもしてくれた人に
してくれようとしてくれた人に
素直に言葉で現すよ。
だって 出来ないんだもん。
正直に生きたら
自分を がんじがらめにしてる物を
少しずつ脱いでいったら
シャボンは 軽くなった。
もう 遠回りを何度もしたから分かる。
何処がダメなのか。
この支配されてる 脳の思考回路を
どんな風に変換していけば良いのか。
まだまだ 認知療法は受けないといけないし、
薬も減らないけど
今日みたいに 普通の事が少しずつ出来て行く自分は
前の自分になっていったのじゃなく
新しい自分になりつつあるようで
病気前より もっと人間的に
素晴らしい自分になるようで
嬉しく思うのさ。
今日の楽しみは
パパさんの協力がなかったら
ダメだったし、
友達も 飲んでも 飲んでも
酔わなかったのは
シャボンを心配しながらの酒だったからかもしれなくて
そんな周りの人達のお陰で
シャボンは 良くなっていってるんだ。
基本は もちろん自身だけどね。
なんか、
達成感バリバリで
嬉しいシャボンなのさ。