これだけ世の中に人がいるんだ、考え方のズレなどあって当たり前さ
。
「もう放っておけば
?」
そう言われれば、そうなんだけど
これ・・・子供のこととなると そうは行かないときがぁぁぁぁ![]()
親同士の「考え方のズレ」でございぃぃ
。
子供はロボットじゃない。親の飾りものでもない。
小さくても、考えを持つ人間なんだよー
。
そらね、親は「人生の経験者」として 一番近い存在さ。
だからね、親は「子供に教えます
!」だろうよ。
私自身、鬱病なんでね、それが頭にあるんでね
認知療法で言えば
「情緒的な理由づけ」。
↑そのときの自分の感情に基づいて現実を判断してしまうこと
であったり
「決めつけ」
↑自分自身や他人、出来事などありのままに説明したり 受け入れたり 理解したり
するのではなく、白か黒か、或いは 善か悪か、優れているか、劣っているか・・など
そう言った視点から決めつけてしまうこと
であったり
シャボン、どうよ・・・・そのあたり・・・・
って、自問自答しようとしまっせ。
子供が可愛いのは 分かる。
子供を守りたいのも 分かる。
子供に幸せになってほしいのも分かる。
頂点を目指す山は一緒なのに
それぞれ道が違う。
うっかり休憩所で会うと
「そっちの道はおかしいわよ」
「こっちが近道よ」
「そっちは危険よ」
的な、育児の道を ドンドン出す親がおる。
ドンドン出す親ほど 子供にドンドン言ってる。
そんな親ほど
「伸び伸び育て~
」的な事を言ってる。
どう伸び伸びできるんだよ・・・・
おかしくたっていいんだ。
遠回りでもいいんだ。
危険なら戻ってくればいいんだ。
家、温かくして待ってるよ
。
頭下げて済む程度のことなら ナンボでも頭下げような、一緒に![]()
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子供は親のお飾りじゃない。
子供に恥ずかしいとか言うんじゃない。思うんじゃない
。
親の言うとおりに動くロボットじゃないんだ。
だから、間違ってもいいんだ
。
子供だから 間違っていいんだ
。
子供のうちに間違ってればいいんだ
。
のシャボンの子供は
不登校3年突破し
「自分とは?生きるとは?私って・・・何?」
的な事を ゆっくり考えながら
壁にバンバンぶつかっておりまする
。
「不登校になれば 赤飯炊け!」的な言葉があるようなんだけど
長い人生、立ち止まり
「自分とはなんぞ?」的な時間もあってもいいさ
。
坊主はまだ8才なんで
「ひとつ、ふたつ、みっつ」と 「つ」がつく年。
「才」になるまで 親の温かさを十分与える時期だしぃぃぃ
そんな意味では 大変ッス
。
子供の道を作るのに「大変」な母にはなりたくないッス・・・・![]()