マーガレットの花弁で占う。1
男の人の手…だった。
勢いで煙草を握り潰したって言う…。
櫻井さんの手。
どう見たって…。
華奢な女の子の手じゃない。
骨ばって。
無骨で…。
ちょっと深爪で…。
そんな手。
薬箱を抱えて店に戻って。
店の入口に掛けた『ちょっと出かけてます』の札をそのままに。
店の奥…。
暖簾で区切った小さな事務所みたいな、休憩室みたいな…小さな空間。
薬箱を定位置に戻して。
珈琲を淹れて。
その香る…香ばしい香りに…。
「ふぅ…」
やっと息を吐いた。
カップを右手に持って、シンクに寄りかかる。
「はぁ…」
一口飲んだ珈琲が…。
「…沁みる…」
なんだか…。
怒涛の一日だ。
何一つ変わることの無い日常だった…はずなのに。
急転直下…とでも言うのか…。
「なんか…忙しい…」
よく考えてみれば…。
総ては…。
櫻井さんの登場にはじまる気が…する。
別に櫻井さんのせいにするつもりはないけど。
「…」
違う。
櫻井さんのせいだ。
なんだか…。
ウキウキして。
ドキドキして。
モヤモヤして。
また…ドキドキして。
忙しいのは…。
俺の感情。
俺さ…。
「あーーっ」
思わず叫んで。
珈琲の入ったカップを持ったまま…。
座り込んだ。
こんなのさ…。
こんなの…。
こんな忙しいの…。
…恋、じゃん…。
恋に決まってるじゃんっ。
櫻井さんに逢えて嬉しいのも。
カズが櫻井さんを想ってるって考えて…モヤッとするのも。
怪我した櫻井さんが心配なのも。
こんなの…。
「恋に決まってる」
座り込んで。
膝を抱えて。
カップ持ったままで?
「俺、なにしてんの…」
櫻井さんの手に触れた指先が。
まだ…。
櫻井さんの手の感触を覚えてて…。
あの手に…。
触れたい…。
触れて…欲しい…っ。
と。
思考の何処かで思ってる。
でも…。
彼は男の人で。
俺も…男で。
今更だけど。
あの容姿。
女の子がキャーキャー言わないわけがない。
「あーもーっ」
またモヤッとするじゃんっ。
カップを床に置いて。
自分の膝に顔を埋めて。
なにやってんのっ。
なにやってんの俺っ。
こんなの…。
こんな感情…っ。
久しぶり過ぎて。
「よくわかんないよっ」
膝に向かって叫んでから。
「あーもぉ…」
長く息を吐き出して。
顔を上げる。
「…仕事しよ…」
切り替わらない気持ちを抱えたまま。
カップを持って立ち上がった。