徐(おもむろ)に大きくあくび。


そのとき、なんだか自分が猫のように感じた。


軒先で大きく口を開いてあくびをしている猫、


そんな猫くんとシンクロ。




そういえば僕の好きな映画の中でこんなセリフがあった。


  「無口な人も、心の中ではいっぱいおしゃべりしてるんだよ。」



人の会話量って、実は誰しもが同じなのかもしれない。


「おしゃべり」や「無口」といった違い、


それは会話の矛先が自分の外側の世界に向かうか


内側の世界に向かうかの違いなのかもしれない。


無口な人だって、内面世界ではすっごくお喋りさん。



だから、無口な人を前にしたとき、彼の、彼女の声を聞いてみたくなる。


会話の矛先を、内面世界から僕らがいる外の世界へと向かせてみたくなる。


内面世界でのおしゃべりに、僕も混ぜておくれよ。


その矛先がこっちを向いたときに初めて、会話は対話になるのだから。




もうちょっと考えを広げてみる。


もしかしたら人間以外の動物も、


内面世界ではすっごく多くのことをおしゃべりしているのかもしれない。


猫も犬も、兎も亀も、なまけものも。



すっごくたくさんのことを自分の中に持っていて、


しかしそれを外に出す術がないだけで、


もしかしたら、僕らが考える軸とはまったく異なった軸で、


物事を捉えているのかもしれない。



僕ら人間のもっている世界観とはまったく違う世界観を、


彼ら彼女らは持っているのやも。




そう考えると、世界の数は60億1個よりも、


もっともっとはるかに多いのかもしれない。



いっけね、こりゃ盲点だった。



知りたいなぁ、人間以外の世界観。



そんなわけで僕は話しかける。



 「最近どう?」


 「にゃー。」


 「この後どうするの?」


 「にゃー。」


 「一緒に散歩付き合ってもらえないかな?」


 「にゃー。」


 「分かった、じゃあ一緒にひなたぼっこしようよ」


 「にゃー。」

へぃへぃ、もうちょっと心開いてくれよ。


同じように大きなあくびをした仲じゃないか。




お互いの異種の世界観を重ね合わせて、


見てみたいなぁ、


シンクロし合ってできる新たな世界観。

幸せに想いを馳せる。



僕は幸せに慣れてしまっていたように思う。


誰かと一緒にいる日々がずっと続いていた。


誰かと一緒にいることが当たり前になって、


「二人でいられる」ということに幸せを感じられなくなっていた。



そして、もっと大きい幸せを、君に求めていた。



幸せを幸せと感じられなくなり、


大きな幸せを普通の幸せと感じるようになっていた。



幸せを実物大に幸せと感じられるように、


自分自身をリセットしよう。


だからしばらくは一人で過ごそうかな。


そんな風に思って、ここ最近は一人でいるよ。




ゆるやかに日々を転がるなかで、


君といた日々には幸せがゴロゴロ転がっていたことに気付いた。




君にご飯を作るための食材が入った白いビニール袋。


そこに僕の幸せはあった。



砂糖と塩を間違えて作ってしまった料理。


それでもおいしそうに食べる君。


「体に悪いから!」料理を下げる僕。


「本当に美味しいんだから!」本気で悔しがる君。


そんなやりとりに、僕の幸せはあった。



アルバイトの給料が入った。


僕は少し奮発して、ちょっと高めの苺を買う。


君は最近大変そうだから、ちょっとしたアクセントをあげたかった。


はしゃぎながら食べる僕ら。


そこに僕の幸せはあった。



初めは君を下の名前を呼ぶ度に、すごく緊張していた。


心の中で何回か練習してからじゃなきゃ、呼べなかった。


でも僕が名前を呼んで、君が振り返ってくれる現実が嬉しかった。


そこに僕の幸せがあった。



いつしか名前を呼ぶことは平坦なものになっていた。


でも、今思えばそれも幸せだったんだ。


それは僕の世界に君が馴染んだ証拠だった。



もう君とメールしたり電話したりするのにもなれていた。


日常をただ綴るだけのメール。


だらりと何てないことを話す電話。


でも今は、そんなところにこそ、僕の幸せがあったように思う。



町を歩くとき、僕らは手をつないだ。


はじめは君の手の冷たさに、いつもドキドキしていた。


その度に、君の手を両手で覆っていた。


手と手の温度がだんだん同じになっていく。


その時間の移ろいにちいさな愛とおおきな幸せがあった。



いつしか君の手の体温は感じなくなり、


僕の手と同じ温度になっていた。


しかしそこには別の幸せがあることに気付く。


僕と君の手の間には、愛が生まれていた。


それを守るように、僕らは毎日手をつないだ。




今更になって気付く幸せたち。


一つずつポロポロ来るのではなく、一気に何個も来るね。


渡り鳥を思い出すよ。



膨張した幸せのものさしが、


どんどん元に戻っていく。



ずっと君を愛していた。


だけどそれに気付けなかった。


別れてからやっと気付いた。



君と行った場所に行くたびに、苦しくなる。


デニーズ、牛角、代々木公園。



君と別れて初めて、泣くということを覚えた。


涙はしょっぱくないことを知った。



君と別れてから、胸がゆるやかにしばられている。


僕の心は左胸のほうにあることを知った。



僕の方から手を離した。


僕と君の手の間で守られていた幸せの粒たちは、


コロコロと地面に落ちていってしまった。


もうそれがどこにあるのか分からないよ。



君と別れて、君の世界を僕の世界から剥がそうとして、


一緒に自分自身の世界の大部分も剥がれ落ちてしまったよ。



僕は君というコンパスをなくした。


もうどう歩けばいいのか分からない。



僕は君という好奇心をなくした。


もう何にワクワクすればいいのか分からない。




なにも知らない「時」は、一人で歩を進める。


僕はそこに、一人とどまり、抗う。


今日と明日の境目はなくなり、僕には今日しか訪れない。


そんな日々の空に、今僕は想いを馳せている。



ひそかに君とつながっていると思っていた空。


なのに張り巡らされた電線がその空を区画分けし、


君のいる世界へと続くはずの広がりを見せてはいなかった。



夜になり、電線の黒が夜空に溶け込む。


それ同時に、空は黒い広がりを得た。



やっと、君の世界につながった。

恋しくて、


僕は雲に言葉を隠す



恋しくて、


僕は夢に孤独を隠す



恋しくて、


僕は辞典に寂しさ隠す



恋しくて、


僕は闇に涙を隠す



恋しくて、


僕はやさしさに愛を隠す



恋しくて、


僕は恋に愛を隠す




そして、


僕は僕に君を隠した。

えんとつえんとつえんとつのぼる


上から全てを見てみたくて


僕ははしごに足掛けた



えんとつえんとつえんとつのぼる


上から見れば全てが小粒


僕はこの町の王様だ



えんとつえんとつえんとつのぼる


だけどいまさら気付いたよ


みんなにとっても僕は小粒


そして僕は一人ぼっち



えんとつえんとつえんとつのぼる


気付けば空はまっくらさ


登ることにがむしゃらで


落ちないことにがむしゃらで


周りなんて見れなかったよ


これっぽっちも見れなかったよ



えんとつえんとつえんとつのぼる


聞こえる音は風の声


みんなの声は聞こえない



えんとつえんとつえんとつくだる


上になんて立たなくていい


同じ高さで見ていたい


みんなと同じ小粒になろう



えんとつえんとつえんとつくだる


地面に立った僕の目に


大きなみんなが飛び込んだ


地面に立った僕の耳に


みんなの声が飛び込んだ

人口が60億だとしたら、世界の数は60億1個。


1個の客観世界と、60億個の主観世界。



1個の客観世界に対して、人それぞれに見方は異なる。


広さも違うし、濃さも違う。


そんな形も色も違う主観世界が、60億個。



出会いとは、他者の主観世界を垣間見る機会を得るということ。


だからよく、「人との出会いから学ぶことって多いよね~」


なんて言ったりするんだね。


出会いって、今までに見たことのない世界に出会うということだから。




「個人」と「チーム」。


チームで出したアウトプットが、


個人のアウトプットよりも優れていることが多々ある。


それもそうだ、6個もの世界の掛け算に、


1人の世界が太刀打ちなんてできるはずがない。



でもたまに、それでも個人が勝つ時があるよね。


きっとそういう人を、「秀才」であったり「天才」と言ったりするんだろうな。


「秀才」は、努力量で自分の世界の広さと濃さを人の何倍も充実させていく。


「天才」は、「広さ」と「濃さ」という2つの次元とはまったく異なる新たな


次元を作り出すことで、まったく土俵を変えて他者を圧倒する。




「恋」と「愛」。


きっと、相手の世界(観)を好きになることが「恋」。


きっと、二人の世界を重ねて、新たな一つの世界を作り出すことが「愛」。


作り出された世界を二人でさらに深めていく、拡げていく。


愛って素敵だよね。


そして、強い。


自分の中に2つの世界を持っているということだからね。



僕がかつて築いた愛は、自ら手離してしまった。


唯一、後悔だけでなく未練も残る恋。いや、愛。



にしても、別れた後、世界はどうなるんだろう?


きっと、広がって濃くなった世界はある程度そのまま残る。


そう考えると、「愛」を数多く経験した人の世界って広く深いのかもね。


でも、愛はたくさん重ねるものでもないよね。


一つの愛に、密な広がりを持たせていったほうがいい。



別れても、一度くっついた世界はそう簡単には剥がれない。


自分の中には2人分の世界が残っていて、


でもその片方の世界を支えていた人はもういない。


物理的な孤立と精神面での共存、


そのギャップが心をつらくさせるんだね。




そんなこんな思う僕の世界観。


こんな僕の世界は、「1/60億分の1」の世界。


でも、たった「1」つの世界。



 唯一無二の、僕の世界。


 唯一無二の、君の世界。



 唯一無二の、僕らの世界。



それら世界の間に、等号も不等号もない。