婦人科系希少ガンの闘病記〜外陰がん -31ページ目

婦人科系希少ガンの闘病記〜外陰がん

2019年5月
婦人科系希少ガンの外陰ガン(扁平上皮癌)と診断されました。

6月手術 ・両鼠蹊部リンパ節郭清 ・ⅢB

現在は経過観察中

稀な癌のため情報が少ないので、もしかしたら参考になる方がいらしゃるかもしれない。。と思い体験記を綴ります。


こんにちは


つたないブログに

ご訪問いただき

ありがとうございます







昨年のことを振り返って書いております








20年ほど前からの

デリケートゾーンの湿疹が

希少ガンだったと

診断されたのは

20195月のこと


個人クリニックから

2つの病院を経て

2019年5月

国立がんセンターへ

辿り着き

6月に入院・手術












術後のリンパ浮腫に悩まされ




嚢胞ドレナージュをして7日目






一週間くらいで抜けるのかな?

と思っていたのですが…







ドレーンから出てくる

リンパ液は



相変わらずの量






左右のリンパ液が

合わせて200mlにならないと

抜けない


と言われていて



まだまだ



そこまで減りそうには

ありませんでした






朝と晩に


様子を見に来てくださる

先生方も




これが減らないとね〜




とだけ。。。






とりあえず


退院は

もう少し先になりそう



ということだけは

分かりました







溜まっていた

リンパ液が


ドレーンから外に

流れているので



蜂窩織炎に

なりかけていた



脚の痛みや赤み腫れは



徐々に改善され



身体は楽になってくる





なのに




リンパ液は

一向に減る気配がない






だんだん


何の目的で入院しているんだか?



分からなくなってきました






ものすごく


痛い


辛い


から

解放されたてきたら





暇になってきて…






何をしたらいいのかな?





冷静に


いろいろ


考えられるように


なってくると





現実が見えて来ます






寝見れぬ夜に



1人で夜景を見ていたら



突然



自分が癌で


ステージ3


もしかしたら





生存率50%以下なの?




実感してしまった。。。





とてもショックで


いたたまれない気持ちになる





どーしたらいいんだろぅ。。。






この病院に

入院してる患者さんは


みんな同じように

悩んでいる




みんな

がんばってる




でも


この時は


個室だったせいもあって⁈






とても孤独な気がしました






この現実を受け入れる

自分を認めること

前向きになる




ということに


なるのだろうか???





辛い




何日ぶりかに


夜中に脚のつっぱり感が痛くて


ロキソニンを飲む






ちょうど


夏至の時だったので


もう3時台には


空が白々と明けてくる




東側の部屋なので

朝日が眩しい




明けない夜はない

というけれど


この時は


朝日を見ても


元気にはなれなかったなぁ〜







先が分からないことが


本当に


不安でした






希少ガンは


データーが無いので


誰にも

先がわからないのが

現状です




病棟担当医の先生は


100年経っても

データーは取れませんからね



と仰ってました〜  (T-T)








IVRをして


8日目


入院23日目の朝






主治医のK先生は


リンパ液が減りそうにないと


退院の目処がつかないので




これ(ドレーン)お持ち帰りで退院する?



と提案してくださいました





まだ

この時は


このドレーンをつけたまま

退院した方は


いないそうで…(^^;


先生方も決めかねて


悩んでいたようでした






朝には


お持ち帰りの方向で


と言ったのに…



夕方には


やはり

もう少し様子見ましょう


何度も変更になり




結局

なかなか

決まりませんでした


この8ヶ月後に

同じような状態になった

同病仲間の人気ブロガー

apricotさんは

このドレーンお持ち帰り退院

第一号になります!








この病院は


『ガンの三代治療専門病院』



でも


今の私は


治療しているとは

言い難い状態




看護師さんの


お世話になるのは


シャワー時に

シールみたいなガードを

貼ってもらうこと


ドレーンの管を押さえている

絆創膏の交換くらい




治療や手術に

大変な患者さんたちの中で




だんだん


なんとなく




居づらい雰囲気も

してきました





どうなるのかな?







とにかく


待つしか無い日が


しばらく続きました