おはようございます
今日は曇り空の土曜日。ちょっと肌寒いですね
少しずつ、乳がんと告知されてから、抗がん剤、そして手術までの
回想録を書いていきたいと思います。
乳がんとわかった頃の日記を読み返すと、
今でも涙がこみ上げて、あふれてしまいます。
皆さんも同じだったかな?
本当にどん底まで突き落とされて
辛くて、悲しくて、絶望して、来る日も来る日も泣いていました。
それでも、真っ暗な迷路を抜け出すのに、
必死に前を向いていかなきゃ、って、もがき苦しんでいました。
今が辛くないといったら、ウソになります。
でも、あの頃と確かに違うのは、冷静に前を向いて、
今日を生きて、明日を迎えることができる。
不安になることも、涙が出ることもあるけど、
家族や、友人の支えに心から感謝して、
生きてる事に感謝して、
そして、こんな風にブログを通して、同じ病の方とお話できる。
心強い仲間がいる、そう思えるようになったのです。
いつ、何どき、再発・転移するか怖い。
それも正直な気持ち。
それでも、今、ようやく、こんな気持ちになれたから。
その想いも、辛かった闘病も含めて、書いておこうと思います。
落ち込んだ時には、こう考える。
「拾った命だ!生きてる事に感謝だよ」ってね。
執着を捨てて、拾った命を取りこぼさないようにしなきゃ・・・
私自身が、記憶に残しておきたくて、書くものですから
長くなりますので、スル―しちゃってくださいね。
2015年9月27日(日)
北斗さんの乳がんの公表、川島なおみさんの胆管がんによる死の報道が連日なされていた。
この日の前日は、夫と二人、飲みに出かけて、珍しくカラオケなんかも行っちゃって、大盛り上がり。
翌朝、ソファーに寝っ転がって、伸びをして右胸を何となく、触ると堅いしこりのようなものが。。。。。
何これ?うそでしょ?血の気が引いた・・・・頭が真っ白になった。
不安な気持ちを抱えながら、シルバーウィークで台湾に旅行に出かけた娘を迎えに、羽田に行ったりして、その日はやり過ごした。
9月28日(月)
朝一で、またまた羽田空港へ。2PMのお出迎え。
夕方から、渋谷のNHKホールにミュージックジャパンの収録へ行かなきゃいけない。
このころ、ちょうど2PMの新曲が発売になり、コンサートもあったりで、仕事に加えて、まさにオタ活に追われる忙しい日々を送っていた。多少の悩みはあれど、気楽で忙しい毎日。
そっちも忙しいけど、このしこり、やっぱり心配。。。
毎年夏に、人間ドックと婦人科系の検診を受けていて、
今年も遅ればせながら、10月末にマンモの予約はとってあった。
でも、そこまで待てない。
いつもの、マンモの病院は、もちろん完全予約制。
別の乳腺外科をあたってみたけど、どこも完全予約制で、
時節柄、診てもらうには時間かかりそう。
んで、知り合いのご主人のクリニック(形成外科)で、診てもらう事にした。
「開業するまでは、大学病院の外科医だし、
超音波もあるから、うちの旦那でいやじゃなかったら・・・」ということで。
ただし、月、火はお休みだから水曜ね。。。と言われる。
乳がんは、婦人科じゃない。外科なんだよね。
いま思えば、直接、大きな病院へ飛び込んでも、良かったかもしれない。
でも、いきなり、それはできなかった。怖かった。
9月30日(水)
午前中、知り合いのクリニックへ。
早速、超音波で診察。先生は黙って、超音波の映像を撮る。
乳腺炎のしこりであってほしいとの一縷の望み。
一通り終わって、画像を見ながら、
「2センチ近い、しこりがありますね。
良性だと、こういう風に形が悪くないんですよ。」
紹介状書きますから、どこがいいですか?」と言われた。
はっきり、「ガン」とはもちろん言われなかったけど、「形が悪い」との事。
家から、車でいける近くて、大きな病院は3件。
どこにしようか悩む・・・・
なんとなく、今まで義母や義父がかかったりして、
好印象だった病院を選んで、いつ予約が取れるか問い合わせしたら、
二日後の金曜に予約が取れた。
早い方がいいと思った。直感で、そこに決めた。
待合室で、一人、涙がこみ上げるのを必死でこらえた。
ガンなの?そんなはずないよね?どうしよう?
その日の夜、帰宅した夫に、しこりがあること、
今日病院にいって、紹介状を書いてもらったこと、
そして金曜日、総合病院の乳腺外科の予約を取ったことを話した。
話しながら、泣いてしまうかもと思ったけど、涙は出なかった。
夫の反応は、びっくりしていたけど、
状況がつかめないような・・そんな感じ?だった。
長々、読んでくださってありがとうございます
今日も前向きに