Moon Beams 試聴あり


8月、能勢にキャンプに行ったとき捕まえたトノサマガエルは、私が、近くの公園かマンションの廊下でたまに捕まえてくる蛾(が)を、それこそ旨そうに食べてくれて、何とかその命を生きながらえている。プラスティックケースにそっと蛾を入れてやると、しばらく様子を見ていたかと思うと、突然光速ジャンプを披露し、いつの間にか口から蛾の羽をちょこっと出している。最高に好きなのね。


調べてみると、カエルにとっての蛾は、我々日本人にとっての米の飯に相当するらしい。必要不可欠ってこと。


どうしてそんな例を出したかといえば、米の飯という言葉を見ると、音楽評論家後藤雅洋の次の言葉を思い出すからだ。ビル・エヴァンスの音楽は、たとえてみれば日本人にとっての米の飯のようなものだ。毎日食べても飽きず、育ち盛りの高校生も、年季の入った食道通も等しくこれを食する。つまり彼の音楽は、ジャズ・ファンの日常にふさわしく、しかも10年20年とジャズを聴き続けてきたマニアをも満足させる奥行きの深さがある」。そう、ビルの音楽は、カエルにとっての蛾、なのだ。


先日書いたように、ビルは、最高のベーシストスコット・ラファロを突然失ったが、彼に代わるベーシストをこの作品から起用した。その名もチャック・イスラエルビルとの相性は抜群に良かったが粗暴な麻薬常習者であった前任者と比べると、刺激が少ないベーシストではないだろうか。指の動きは地味で、低音が湿った印象である。でも、これはこれでありだと思う。何よりも、相棒を失って滅茶苦茶落ち込んでいるビルを励ますように、「そりゃっそりゃっ」とバックビートで追いかけてくる弾き方に愛を感じる。


バラードが目白押しで、アルバムを通して聴くとやや退屈してしまいがちだが、ここはひとつ、新しいトリオの息遣いを、少し大きめのボリュームで聴いてみてはいかがか。そして、ジャケットの麗しき金髪女性のお顔を拝みながら(天地反対にして見てみたら、目頭の皺の感じから推測するに、若干お年を召した女性だと判明した。よって、熟女好きを除いて、天地はそのままで眺めておくに限る。とか、書いたら世の女性陣を敵に回してしまうからフォローすると、女性の年の重ね方は絶対日本の女性が世界一上手いと思いますよ、はい。汗。。。)、ウイスキーの水割りでも飲んでほろ酔いするに限る。


ちなみに、1曲目のビルのオリジナルである「リ・パーソン・アイ・ニュー」というタイトルは、プロデューサーのオリン・キープニュースのアナグラム(綴り換え)である。例えば、日本語でやったら、阿藤快加藤あいになるでしょ。プロデューサーがあんまりしつこく慰めてくれて、それからアルバムを出せ出せ、って言うから、ビルもいい加減げんなりして、ふざけて曲を書いたのか。それにしても、ふざけた割には、非常にリリカルで、そして愁いを帯びたメロディーである。ネットで検索していたら、「こんなに絶望的な曲は、滅多に聴くもんじゃないです。」とか「失恋して死にたくなった時に聴く楽曲」とかいう記述に出くわした。やっぱりラファロの死はこたえたんだな。


いずれにしても、先ほど引用した後藤氏の「米の飯」という表現は実に正鵠を得ていると思う。私はこの先もずっとビル・エヴァンスを聴き続けていくと思うし、そのたびに光速ジャンプを披露していくと思う。