テクノを理解しない男が、2、3度聴いただけで理解できた気になるアルバムはそう多くはない。その貴重な1枚がこれ。81年リリース。ついこの間取り上げた「Solid State Survivor」 と双璧の傑作ではないだろうか。実は、YMOをじっくりとアルバム単位で聴いたのはこの夏が初めてであった。あまりにも遅いYMOデビュー。3コード・ロック、アダルト・オリエンテッド・ロック、轟音ロック等に飽きた男が聴くに充分値する音楽ではなかろうか。これまで使ってこなかった脳を刺激してくれて、一種のボケ防止でもあるかも。
そう言えばその昔、リアルタイムでシングル「体操」をFM大阪で聴いていたな。13イヤーズ・オールドのときだ。今聴くと、凄まじくエキサイティングな曲に思える。あの時より確実に耳は肥えてる。人生的かつ音楽的経験値が上がっている。確実に体脂肪が増えている。ブルマ、トレパン、トレシャツ、鉢巻、だ。バックを刻む坂本のピアノ(7th多用?)がたいそうクールである。細野のベースが偉大なグルーヴのうなりをあげている。何のことはない、まがいなき名曲ではないか。81年当時は、コミック・バンドによるコミック・ソングだと思ったぞ。真剣に、真顔でコミック・ソングをやることの素晴らしさを、3人は見事に表現していると思う。裏の裏をかいたな。
4曲目の「京城音楽」は、ベスト盤に入っていたので前から知っている。リリシズム溢れるメロディー、人情のかけらもない鋭利なリズム、高橋のバケツの中で歌っているようなボーカル、これらがYMOの魅力であろう。その魅力を手短に1曲で現すとこの曲、ということでいいでしょ。もちろん、ほかにもあるにはあるけれど。
ワールド・ミュージックに通ずるYMOの変拍子は、これまで世界中のミュージシャンが使い込んできているので、今聴いても特段新鮮味を感じることはない。あの時代、ジェネシス出身のピーター・ガブリエルもワールド・ミュージックに傾倒していたくらいだ。ポール・サイモンしかり、スティングしかりだ。3コード・ロックに飽きる人々は、世界中に五万といるということだ。ただし、これらのセレブたちは、「せっかく良いメロディーが出来たから、たまには8ビート以外のビートに載せたらさぞかし素敵だろう」という、夢のような実験を敢行する資格を有するという意味において、このテクノを理解しない男と雲泥の差を持っている。これは「差別」ではなく「区別」なのだ。
「ジャム」から「後奏」までの10曲、飽きずに、スキップを押さずに聴き込める。これなら、今度はもっとディープでコアな、歌ものなしの、人間味の皆無なテクノを聴いてみようじゃないかという、中年のチャレンジ精神をごりごりと刺激してくれる。1日で唯一音楽を聴いている通勤電車の中で、手に持つ単行本の文字が頭に入らないくらいの、ぶっ飛びテクノに出会ってみたいという気にさせる。