先日、秋葉原で言われ無き殺人事件が起きた。虚しくて、おぞましくて、新聞やテレビニュースを直視できない。出るのは溜息ばかりで、どうしようもない。やるかたない。
そんな時は、「美しき生命」のラスト・ナンバーをそっと聴いて、ささくれ立った我が魂を鎮める。「生命の幻影」。英語タイトルを直訳すれば、「死とその仲間たち」。淡々としたクリスの声と、リリシズム溢れるピアノ。「はじめから終わりまで闘いなんて嫌だ 使い古しの復讐をくりかえすなんて嫌だ 死とその仲間たちの後をついていくなんて嫌だ」。これは、死への恐怖を切々と歌った曲だろうか。秋葉原で無念にも亡くなられた人々の慟哭が聞こえてきそうでたまらない気持ちになると同時に、どこか崇高なメロディーが、聴き手を救いの境地へと招き入れてくれるような気がする。素晴らしい鎮魂歌である。
コールドプレイの凄いところは、歌にパワーがあるところだ。と、書くといかにも陳腐で歯がゆいが、この表現を使いたくてしょうがない。彼らの曲は、徹底的に我々の精神の深部にまで入り込んでいく。それはもう、相当な度合いで、徹底的に。人間の喜怒哀楽の存在というものを、明確に、嫌というほど、思う存分に知らしめてくれる。喜びとはこんな感じです。怒りとはこんな風です。哀しみとはこんな感情です。楽しみとはこんなニュアンスです。
秋葉原の殺人犯よ。君には精神がないのだな。残念だが、死あるいはそれ以上の苦しみをもって罪を償いたまえ。
神よ。あなたは何故この殺人犯のような、罪深い男を創造されたのですか。その答えはどこにあるのですか。
このアルバムと、あの事件がリンクして仕方がない。アルバムのフル・タイトルは「美しき生命あるいは死とその仲間たち」である。完璧な希望が存在しないように、完璧な絶望は存在しないものだ、とコールドプレイは歌う。人間の生と死について、深く考えさせられる今日この頃である。
(つづく)