6月11日発売のコールドプレイ4作目。
彼らも随分ビッグなバンドとなったものだ。私が目を付け出したのは2作目 で、その時はまだ「知る人ぞ知る実力派バンド」みたいな見られ方をしていたように思う。それが今や、「今世紀を代表するバンド」だなんて。まあ、天文学的なアルバム売り上げ枚数や、極めてポップで美しいメロディーを歌えるバンドということからすれば、あながちこの表現も大きな狂いは無いのかもしれない。クリスも結構イケメンだし、世の女性陣のハートもかなりキャプチャーしているに違いない。
このアルバムを聴いてまず思ったのは、プロデューサーが変わると、同じバンドでもこうも印象の違う作品を作れるのかということだ。前3作とは明らかに違う。ニュアンスというか、フレイバーというか、曲作りのフォーマットというか、聞かせ方のツボというか。何だろう。
プロデューサーのひとり、ブライアン・イーノは、「Windows95」の起動音の作曲者で有名である。その昔、ブライアン・フェリーと共にロキシー・ミュージックを支えていた。ソロになってからは、「音楽は演奏のためだけにあるんじゃない。部屋に飾られた花のように、環境として鳴り響くこともできる」と、「環境音楽」を提唱した。そして、デビッド・ボウイやトーキング・ヘッズなど、有力ロック・アーティストのアルバムを数多くプロデュース。その中でも、U2の「ヨシュア・トゥリー 」「アクトン・ベイビー 」は、私の愛聴盤である。
さて、新しいプロデューサーを迎えて名刺代わりの1曲目が、いきなりインスト!これには肩透かしを食らわされた。巧妙な「外し技」だ。コールドプレイとブライアン・イーノ両方のこれまでの実績を損なうことなく、バンドの新次元へと聴き手をさりげなく誘うことのできる、百戦錬磨の策士だからこそ成せる戦術だ。そして、曲調がどことなくU2の「約束の地」に似ていると思わせるところがニヤリとさせられる。絵画の落款のごとく、隅のほうで、プロデューサーはきっちりと自己主張しているのだ。
(つづく)