ブルーズはかなり制限を持つ音楽ジャンルの1つで、前回書いたとおり、ベーシックなものは12小節3コード進行。そして1オクターブ上で5音しか使わないペンタトニックスケール。このある種がんじがらめの規制の中だからこそ、ミュージシャンは色々な工夫を編み出していったのであろう。
70年代に流行った、音楽的ルールを取り払おうとした「フリージャズ」は発展を見なかった。結局、マイルス・デイビスが提唱したコードに沿った「モード奏法」が主流になっている。何事も一定の秩序やルールは大切で、「義務を果たさない者には権利は主張できない」といったところか。
ブルーズのアドリブの話。コードの構成音を、順番を変えたり、伸ばしてみたり、連続して短く弾いてみたり、低いところから上がってみたり、高いところから下がってみたり。コード進行にあわせて、変幻自在に即興でメロディーを奏でていく。ブルーズ・ギタリストの腕の見せ所であり、「歌うギター」をいかに表現できるかにかかっている。
エリック・クラプトンはその昔、「良いアドリブは、口ずさめる」みたいなことを言っていた記憶がある。つまり、いけてるアドリブは、思わず口ずさんでしまう類いの音の連なりであり、聴き手を煙に巻くようではダメだということだ。そんなアドリブを弾こうと思えば、様々な音楽のストックを、自分の引き出しの中に入れておく必要があるのかもしれない。ブルーズやロックに限らず、クラシックのメロディーさえも普段から聴き込んで、脳味噌に焼き付けておかねばならないのかも。
ライブバージョンの「クロスロード」「スプーンフル」などでは、激しいプロヴィゼーション・バトルを堪能できる。燃えるようなブルーズ魂が炸裂。
歌うギターが満喫できる傑作ライブ盤。B・B・キングといえば、個人的には20年近く前にU2との共演で見せた、斬り込むようなソリッドなギター・プレイが印象的。
汎用性を持つブルーズは、時の流れと共に様々な要素を身に付けて、デルタブルーズみたいな「こてこて感」から解放された自由なニュアンスを表現できるようになる。ジャック・ホワイトの放つギターの音像は「今風」だからこそ古典的な「ブルージー」という言葉を奉げたい。ブルーズがこうして脈々と引き継がれていくんだ、という感動を込めて。