ワンシーズンに2回もマタイ受難曲を(たまたま休みが重なって)聴けるなんて、ほんとに有り難いことです。
というわけで、Royal Festival HallでのThe Bach Choirによるマタイ受難曲に行ってきました。
| Bach | St Matthew Passion (complete, in English) |
| James Gilchrist Evangelist | |
| Brindley Sherratt Christ | |
| Sophie Bevan soprano | |
| Susan Bickley mezzo-soprano | |
| Mark Tucker tenor | |
| Jonathan Lemalu bass | |
| Florilegium | |
| David Hill conductor | |
チケットをWEB購入したのが随分前。すっかり忘れていたのですが、開演は11時。途中2時間ものランチ休憩を挟んで、終了は16時という未体験演奏会。下から二番目に安い£16-の席は、6階バルコニーのかなり上の方、、、だったのですが、視界の良いBarbicanに負けない程結構、視界&聴こえ具合もイイ感じ。
開演前の会場カフェの大行列っぷりから想像はしていたのですが、始まってみれば満席。気のせいか、熱気が上に上に上がってくるせいか、結構座席周りが暑くて、(夜の公演でもないのに)第一部は睡魔にドシドシ襲われました。決して退屈な部分は無いはずなのに、、、
さて、開演直前に英語でアナウンスがあったのですが、”この演目の特性上、公演開始前および最中には拍手をしないでください。もし拍手をしたい場合は、第二部が終わり、”指揮者が手を下ろした後”に願います”だそうで。そして、感心したのは、これだけ満席なのに、全ての客がこの約束事を守ったという事実。
さて、舞台はかなりそうそうたる景色。250名を超えているであろう合唱団、楽器関係の方も、個々人がかなり際立って実力がある音を発してきます。
素人的印象なのですが、とても丹精で洗練された一団だと感じました。
何年か前にロンドンから電車で1時間位離れたところの教会で、間近かで聴いたマタイは、歌っている人、演奏している人、それぞれから、”今、マタイに関われている喜び”のようなものを体感しました。先日聴いた、ロンドン市内の教会の垢抜けた演奏でも、”あぁ、これってやはり年に1度のお約束、成仏(って発想自体キリスト教に無いですけど)を祈るかのような、風物詩的でもあるな”と感じたものです。
でも、今回の、立派なホールで、そうそうたる人員と技量による、世界に向かってブリテン代表と胸を張って進出できそうな一団の演奏は、なんだかとてもイイ意味でクラシック楽曲の1曲として涼しげでした。
ただ、涼しげとはいえ、チェロが1人で演奏するところとかかなり惹きつけられたし、古楽器の吹きもの系もテンションが落ちませんでした。ヴァイオリンの1人部分も、かなり楽器が響いていて、教会で聴いたのとは全然違いました。
ちなみに、前回に続き、英語訳版ではありましたが、全然聞き取れません。っていうか、これ聞き取れるネイティブっているのか知らん。使っている単語も古語だったり、歌いまわしが演歌のように単語を引っ張ったり、、、購入したパンフレットの歌詞すら追えない始末。
第一部1時間15分、休憩2時間、そして第2部1時間45分。
75番のマイフェイバリット☆アリア http://pacem.web.fc2.com/youtube_bach/matthaus_2/richter_65-66.htm が聴こえてくるとあと4曲。
最終楽章が終わって、なかなか指揮者が腕を下ろさなくて、こんな時に咳でもしたら一大事と息を詰めて舞台を凝視したのも今となってはいい思ひ出。いやはや、全身がしびれるような感動とはちょっと違って、なんだかとてもプレシャスなものを聴いたという感動ではありますが、惜しみない拍手が続きました。
隣りのおばさまは、朝、イーストボーンから電車でやってきて、日帰りするそうです。
あぁ、僕にとっては、やはり季節の風物詩。一年の節目。この1年もいろいろお世話になりました。これからの1年も平安無事でありますように、、、ってそれイースターとどうなのさってのは置いておいて、いつかはライプツィヒのトーマス教会でバッハの成仏を祈りつつ聴いてみたいな、という気持ちが沸いてきました。

